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この一ヶ月間、昼を一人で食べていた為に、彼方はいつも通り振る舞えるか少し心配していたのだが。それは杞憂に終わった。
彼方が何か思う以上に、取り巻き達が喜び盛り上がったからだ。体調不良と言っていたせいで、普段貢物をしない男子生徒も「これ食べるか?」と弁当を差し出してきた。
こんなに食べれないと一度は断ったが、食べ物の大切さを知ってしまった分、彼方は少し無理して胃袋に入れた。
あと、橋水が困っている彼方を見てニヤニヤしていたからという理由もある。橋水が持ってきた弁当は相変わらず美味しかったが、金平ゴボウの存在に彼方は悪意を感じていた。
放課後。
自分の事情を知る人間が居るというのは、ここまで気持ちが楽になるのかと。橋水と約束していた東門に向かう最中、彼方は考えていた。
まるで以前に戻ったかのような、久々に充実した1日で。人を避けていた先週とはまるで別世界だ。
校舎を出ようとし、彼方は聞こえてきた話声に足を止める。
東門は生徒の出入りも非常に少なく、誰も居ないと彼方は思っていたのだが、どうやら当てが外れたらしい。
隠れるか。仕方なく身を小さくしたその時。その話し声が段々と近づいて来て、よく知った声に変わった。彼方は目を丸くする。
「東山。気持ちは察するが、本人の承諾なく退学にさせる事は出来ないよ。先ずは彼方君と話をしないと…」
「だが、連絡が付かないんです。ホテルを出た後から足取りも掴めない。ハァ、貴方も人の親なら分かるでしょう?」
困り切った様子で訴えるのは、彼方の父親だ。もう1人は金持学園の理事長である金持。
2人が話す内容を彼方はすぐに理解した。父親が自分を退学にしようとしてる事も、つい最近まで追っていた事も。全部だ。
彼方は湧き上がる感情を押し殺した。直接に自分を探さないのは、大事にしたく無いからだとふんでいたが、まさか行動を把握されていたとは。
「彼方君は学校にはしっかりと来ているし、賢い子だ、そこまで心配する事はない。何かあったらすぐに教えよう」
金持理事が言葉を切る。彼方の父親の肩に手を置いて、慰めるように叩いた。
「彼方君は彼方君の人生を生きているんだよ、東山。与えるのはいいが、奪ってはいけない。今まで反抗した事がないんだろう?もう少し見守ろうじゃないか」
優しく穏やかに紡がれた言葉は、彼方の中にも染み込むように入ってきた。
彼方は唇を噛む。色んな想いが体の中で渦巻き、耐えきれず静かにその場を離れた。
だから聞こえなかった。
「そう言えば、あの話は進んでいるのかい?例のピッド社との取引は」
金持理事が不安気な表情を見せた。彼方の父親は神妙な顔で頷く。
「これから話し合うつもりです。まだ決める事は多いですが、概ね合意してくれています。これで会社が立ち直れば良いんですが…」
「……そうか、幸運を祈るよ」
2人は握手を交わした。彼方の知らぬ所で、一つの物事が進んでいく。
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