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「そうりつさい?」
海苔のお吸い物に口をつけ、橋水は瞬きをする。ゴクゴクと小気味いい音が鳴った。
今日の夜ご飯は、豚肉とキャベツの焼きうどん、海苔のお吸い物にキャベツと山椒のマヨネーズ和えだ。
材料は学校帰りに2人で買いに行った。初めてのスーパーに興奮した彼方が何でもカゴに入れるので、橋水はもう連れて行かないと密かに決めている。
食の大切さは分かっても、金銭感覚は中々変えられないらしい。
「そうだ。その為に金がいる」
彼方も料理を口に運んだ。キッチンで作業する橋水の隣に立っていただけだったが、出来上がる過程を見ただけあって、余計に美味しく感じる。
彼方は目を瞑り、キャベツの食感を堪能した。
「…そんな物もあったな。行かなきゃ良いじゃん、参加は任意だろ?」
「そういう訳にいくか。学園に融資を続ける東山家が出なくてどうする。というか口を滑らせたから、今更無理だ」
くだらな、と橋水が呟いた。彼方に睨まれ、橋水は素知らぬ顔で料理を食べる。
自分でも意固地になっているのは認めるが、同時にやらなければならないとも彼方は思っていた。
だから、お願いにしては蕪村な態度で。彼方は橋水に頼んだ。
「バイトをしたい。手伝ってくれ」
瞬間、橋水はフリーズした。そして即答で「無理だろ」と言う。
あまりにも早いレスポンスに彼方は怒るどころか、さも不思議そうに「なんでだ」と問うた。橋水は眉を潜め、箸を置く。
「まず東山は世間知らずだ。バイトで稼ぐって時給がいくらかも知らずに言ってるだろ?それに我が強い。到底、誰かの指示に従うなんて無理だと思う」
サラサラと橋水が言葉を重ねる。彼方がグッと言葉に詰まった。それが図星だという事も橋水は理解している。
「あとこれが1番問題だけど、金持学園の生徒を雇う所なんてないよ。どれだけリスクがあると思ってんの」
まさに正論。橋水の主張はその塊だった。
金持学園の生徒を雇うという事は、各界の将来を担う原石を懐に収めるのと同じ事で。その身が少しでも傷付けば、大変な責任を負うことになる。
それが東山製薬の跡取りともなれば、尚更だった。彼方の性格がなんの問題もない人格者だったとしても、雇い先はないだろう。
現実を突きつけられ、肩を落として黙る彼方に、橋水は少し気まずくなって頬を掻いた。
「…もし本気で東山が行きたいなら、親の元に帰るか……それか俺自身に頼めば良い。東山程じゃないけど、スーツくらいある。御膳立てはするよ」
橋水は、出来る限り優しく聞こえるように声を和らげた。
しかし彼方は首を振る。
「…人から借りたものじゃダメだ。本当は全部自力でやりたいが、橋水も言った通り、俺はあまり知らないことが多いから…」
本当に珍しく、彼方は悄気ていた。父親と金持理事の会話を聞き、自立の一大発起をしたは良いが、結局無知を晒しただけで。
橋水にも呆れた顔をされ、自尊心が傷つけられると共に、情けなさで目元が熱くなっている。
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