23人が本棚に入れています
本棚に追加
そんな彼方を初めて橋水は目にした。唇を結び不服そうに眉を潜めているが、その目は少し湿り気を帯びている。
東山って涙腺ついてんだ。失礼な事を思いつつ、橋水は後ろめたさを感じた。自分はあの孤高の男のプライドを痛く傷つけてしまったらしい。
「…あー……東山」
伏せていた視線を上げて、彼方が橋水を見る。存外大人しい彼方に、逆に橋水が目を泳がした。
「あんまりお薦めしたくはないけど、どうしてもって言うんなら、一つだけ当てがある」
改めて考えれば、自分の事を少しは信用してくれているから、彼方は相談したのだろう。チラリと橋水が彼方を見る。
そう思えば、目の前の存在が微かに可愛く思えてきて。出来れば提案したく無かった選択肢を、橋水は彼方に提示した。
リビングのソファーの上で、足を縮こませて体育座りの姿勢を取る。まだ乾き切っていない髪から水滴を垂らし、彼方は口をへの字に曲げた。
「お前の兄がオーナーしてる店?」
視線は足元。ソファーの前で寝そべっているゴールデンレトリバーのハナを凝視したまま、お風呂から帰ってきたばかりの橋水に彼方は声をかけた。
「雇われのね。ハナに餌やってくれた?」
橋水がミネラルウォーターを飲む。彼方に触られた日から、風呂上がりにはtシャツを着るようになっていた。
「…やろうと思ったら、そこの獣が近づいて来た。俺がアレルギー持ちだったら、お前は殺人犯だったぞ」
「違うんだから、しっかりしてくれよ。これもバイト代出すって言ってるのに」
橋水が肩を竦める。彼方は悔しそうに舌打ちをすると、ソファーの背から飛び降りてダイニングに向かった。
後からハナがついて行ったので、少ししたら悲鳴が聞こえるだろう。
橋水が提案したのは二つ。
一つ目は、橋水の兄が店主をやっている、バー兼食事処のお手伝いだ。
高校生は時間が決まっている為長くは出来ないが、橋水の兄がやっているので、金持学園の障害は気にしなくても良くなる。
おまけに兄はこういう面倒くさい事が好きだと橋水は知っているので、突然の申し出でも受け入れてくれるだろう。
二つ目は、橋水の手伝いをする事。
いくら橋水の兄の元といっても、創立祭用の資金はバイトした所で到底集まるわけもない。
だからこそ橋水は第二のバイトとして、自分の手伝いというものを加えた。主にハナの世話をお願いしたのだが、これには彼方も表情を暗くしていた。
だが、背に腹は代えられないと、彼方はハナと部屋を共にし、ご飯に奮闘している。初日と比べれば、凄い進歩だった。
最初のコメントを投稿しよう!