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「兄さんには連絡しておいたから、また報告するよ。お疲れ様」
ハナに戯れつかれ、心身共に疲れ果てた様子で戻ってきた彼方に、橋水はソファーの席を譲り労いの言葉をかけた。
「…また風呂に入り直さないと」
彼方が身についた毛を払いながら言う。橋水も手伝ってやった。
「まあまあ。ハナは東山の事好きみたいだ」
「…願い下げだ」
彼方の足元でお座りをするハナを橋水が撫でる。ハナは気持ちよさそうに寝転んだ。
腹を見せる服従のポーズをし、ハッハと嬉しそうに声を漏らすハナに、彼方はそろりと指を伸ばしてその腹に触れた。
柔らかく、暖かかった。生きてるんだな、と至極当たり前の事を彼方は思う。
「……もう一つのバイトは、具体的に何をやるんだ?」
ハナを撫でながら彼方が聞いた。ハナは興味深そうに鼻を彼方の手首につけて嗅いでいる。
「簡単な接客だよ。常連の多い店だから、そこまで気を遣わなくても良い」
「その、橋水の兄はどんな人だ?」
橋水が顎に手を当てて唸る。
「うーん、煩いな。騒がしい」
「はぁ?」
「本当だって。でも頼りになる。この家も俺が懸賞で当てた時取り上げられそうになったけど、兄が名義人になってくれて助かった」
けんしょう?彼方が首を傾げる。知らなくて良いよ、と橋水が笑った。
「…なんだよ。だけど、この家が親のじゃないんなら、家の、その…なんだ」
「なんだろう、光熱費?」
「それだ。そういうのはどうしてるんだ」
すると、答える代わりに橋水がハナを指差した。彼方は眉を顰める。
「なんだ、まだ何かやれっていうのか」
「なんでそうなるの」橋水が苦笑した。
「俺ハナのブログとか書いてるんだよね。あと動画、これは共同だけど。その広告費とドッグスポーツの大会の賞金。それが主な収入源かな」
「だから、この生活があるのはハナのおかげだよ」そう言って、愛おしそうに橋水はハナの頭を撫でた。
彼方も連れらるようにしてハナを見る。ついさっきまで獣だと思っていたハナが、自分達の生活を支えていたなんて。
驚きもしたが、それ以上に恥ずかしくなった。そして改めて、自分が本当に何も知らずにいるのだと実感した。
こんな自分を知れたのだ。家を出たのは、良かったのかも知れない。
だがあの時の父親の顔を思い出して、彼方は胸が苦しくなった。
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