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金曜日の学校の放課後
東門から駅へと向かう道中に、橋水が突然とある事を言い出した。
「今日はこのまま買い物に行こ」
驚いたのは彼方である。食材の買い物には一度行ったっきり、あれ以降いつも自分を置いていくというのに。
どういう風の吹き回しだろうか、訝しげな表情で「どこに?」と彼方が聞き返す。
「なに警戒してるの?駅近くのデパート。そこでバイト先に必要なものを揃えよう」
靴とスラックス。あとはリュックにメモ帳。指折り数える橋水。「一杯だな…」と彼方は気が萎えた。
そんな彼方の様子に橋水が微笑む。
最近よく橋水は彼方に笑うようになった。どこに気持ちがあるのか分からない笑顔というよりも、子を見守るそれだ。
何故だろう。ハナに餌やりが出来るようになったからか。理由を考えたが、彼方は答えが出せなかった。
その時。ヴヴゥゥとバイブ音がし、橋水が自身の胸ポケットから携帯を取り出す。そして発信元を確認すると、彼方に一言謝り、道の端の寄った。
「はい。橋水です……はは、定型文じゃないよ。うん…そう筒井も来る」
少し距離をとられた彼方だが、微かに橋水の声が聞こえた。自分の知らない名前を親しそうに呼んでいる。
「え?凛太郎は家の式典があるだろ。だから日曜日……土曜の夜は用事があるんだ、悪い。うん、日曜日に」
橋水は通話を切った。短い電話だったが、彼方はとても待たされたような気分だった。
日曜日…。彼方は心の中で呟く。先週の日曜日も、ハナを連れて丸一日出かけていた。
橋水が断っていた土曜日の夜の用事は、きっと自分のバイト初出勤の事だ。橋水が連れそうと言って、内心安堵したのを彼方は覚えている。
…俺には関係のない話だが。それでもなんだか除け者にされた気がして面白くない。彼方は矛盾する気持ちを抱え、気分が悪かった。
そんな事を彼方が考えていると、橋水に話しかけられた時には、もうデパートの入り口間近に居た。
「大丈夫?」と橋水が彼方の顔を覗き込む。
彼方は反射的に一歩後退って、その顔を押し退けた。むぐッと橋水の声が漏れる。
「……近いぞ」彼方が鋭く睨んだ。
暫しの無言。
橋水の顔をおさえる手に息が当たり、ぴくりと跳ねた。その手を橋水が掴み、ゆっくり下ろす。そしてあろう事か、そのまま手を絡めてきた。
っ…!息を呑み、彼方が目を見開く。
「…おいっ」と慌てて彼方が腕を振り回すが、橋水は気にもせずそのままデパートの中に入ってこうとする。
「買うもの多いよ。戯れてる暇ないからな」
歩幅が大きい橋水がさっさと歩くので、抵抗しながらも彼方は付いていくしかなかった。側からは連行されているように見えた。
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