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平然とショップを回る橋水に対して、彼方は顔を赤く染めながらすれ違う人々の視線に耐えていた。
普段から注目される事に慣れている彼方だが手を繋いでいるという奇想天外な状況に、かなり動揺している。
「…なあ、橋水。もう大丈夫だから手を離せ」
「もう少しだから待ってよ」
懇願するように彼方が言う。橋水の返答は全く答えになっていない。お目当てのスラックスを探して、橋水は適当な服を広げては彼方に合わせた。
橋水が手を使う度に、彼方の手も引っ張られる。2人共やりにくそうであったが、それについては触れなかった。
「これだなあ。東山はどう思う?」
橋水は一着の黒のスラックスを手に取る。どうと聞かれても彼方には全部同じに見える。さっきのと何が違うんだ。
「それでいい」橋水の選んだものだ。間違いは無いだろうと。彼方は即答した。
「そ。他に欲しいものはある?」
「…特には…あっ。あれが欲しい」
実は彼方には先程から気になっている物があった。店頭に置かれている白のニットカーディガンだ。
店に入った瞬間に目に着いて、「橋水に似合いそうだな」という感想を抱いた。そうすると何故か無性に彼方はそれが欲しくなっていた。
「カーディガンなんて東山着るんだ」
軽口を叩く橋水だが、その手はもうそれに伸びていて。何の躊躇もなくカゴの中に入れた。いつかの彼方を彷彿とさせる。
「じゃあ俺も、一着買おうかな」
何を思ったのか、橋水がその横の黒色のカーディガンを手に取る。その様子を見ていた彼方は、慌ててその腕を止めた。
「ちょっと待て。おまえ、黒色が好きなのか?」
「え?別に、違うけど。特に好みは…どっちかと言うと東山の方が似合いそうだよな」
これ。とそのカーディガンを彼方の胸に当てて橋水は頷いた。彼方はむず痒さを覚える。同じ事を考えるな、と言ってやりたい気もしたが。
「…じゃあ、交換するか?その、白はお前に合ってると思うぞ」
おずおず彼方が提案した。元々、白いカーディガンは橋水に着せるつもりだった。自分の物も手に入るなら、それに越したことはない。
しかし、橋水は笑って首を振った。
「いや良いよ。彼方は気に入ってるんだろ?」
「…うるさい。俺が良いと言ってる。絶対交換するぞ」
橋水が善意で言っている事は分かっていたが、気持ちが伝わらないのは大変もどかしい。彼方は遂には脅すように言って、驚く橋水を半ば無理矢理納得させた。
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