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歩くとやはり体中の傷に障った。絶えず襲いくる疼痛が勝頼の表情を歪ませた。
三和土で草鞋をつっ掛け、外に出た。初夏の日差しが勝頼にじゃれついてくる。
後ろから昌信と定忠がついてきた。
寺の敷地で立哨している兵たちが驚いた表情で勝頼を見てくる。
勝頼は正面に見える石段まで進んだ。眼下、軍勢が森を抜けて石段の下まで接近していた。
「あんなに近くまで来ているではないか」
昌信が周辺に立っている兵に向かって怒鳴り声をあげた。
「貴様ら何をしていた。なぜ、あそこまでの接近を赦した」
勝頼は右手を昌信の顔の前に翳した。昌信の言葉が止まった。
「あれは敵ではないぞ、昌信」
言って、勝頼は石段に駆け出した。涙が出そうになるほどの歓喜が勝頼を包み込んだ。石段の下の軍勢の中に、黒地に金の六連銭を模した旗が見えたのだ。あれは、真田の軍旗。
「お館様、お待ちを」
昌信の声が勝頼の後ろから追ってくる。
石段の一番下まで行き、勝頼は「昌幸」と、大声をあげた。
軍勢は皆、襤褸に近いようないでだちで、泥にまみれ、傷を負っている者が多かった。
軍勢の中央から、真田昌幸が進み出てきた。
勝頼は歩み寄り、昌幸の両手を握った。
「よくぞ、よくぞ、生きていてくれた昌幸」
「帰還が遅れてしまい、申し訳ありません」
昌幸が言った。ひどく疲れた声だった。
「兄上」
昌幸の後ろから声が聞こえてきた。顔を出したのは盛信だった。
「おお、盛信。お前も無事だったか」
盛信が勝頼の傍に来た。盛信の青い甲冑は原形をとどめておらず、肩当ても手甲も失くなっていた。唯一、下げ緒が切れかけた胴丸だけが腹にぶら下がっている。
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