《67》

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 虎松は禅を組み直した。剃髪した頭から汗が流れ落ちてくる。もうすっかり夏になっていた。 昨年の12月、三方ヶ原で徳川軍と武田軍がぶつかった。虎松は出家の身なので戦いのあらましはわからないが、徳川軍がかつてないほどの大敗を喫したとの事だ。後に、勝ちに乗っていた武田軍が謎の撤退をして、いくさは終息した。  徳川軍の、多くの者が戦死したと聞いた。 本多忠勝は無事だったのだろうか。虎松はそれを真っ先に考えた。 あのような武士がそう簡単に死ぬとは思えないが、武田軍の猛攻は凄まじいもので、徳川家康の命も際どいところだったらしい。  もう一度、本多忠勝に逢う日が必ず来る。それを心の支えにし、虎松は辛い寺修行にも耐えている。 今の時勢を考えれば難しい事かもしれないが、山県昌景にも逢いたいと虎松は思っていた。 自分の武術の基礎を造ってくれたのは山県昌景だ。 今一度対峙し、槍の教授を受けたいと切に思っている。  虎松の脳裏にまた、かよの顔が過る。かよと出会ったのは20日前、南渓の使いで里村へ買い出しに出掛けた時だった。 かよは小さな居酒屋を営む家の娘で、歳は虎松より2つ上の15だった。
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