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第12話 宿を取る
「ご主人様。エリンギの店についてはどう致しましょうか? 今日はもう日も落ちましたし、店もそろそろ閉まってしまうとは思いますが――」
御者をしながらメリッサが尋ねてくる。
確かにドワンの店でも結構時間が経ってたしな。
まぁとはいえどちらにしてもな。
「魔導器の店はまたいずれにしよう。帰還の玉はどこかで役立つ可能性もあるしな。すぐに売る必要もないだろ。どうしても足りないなら別だが、とりあえずは売却はここまでだ」
「はい。確かにそうですね。帰還の玉は買えば六〇〇〇〇ゴルドはしますから、持っておくのがいいかなとは思います」
……そんなにするのかよ。いや買い取りが二〇〇〇〇だから倍ぐらいは想定内だが、三倍とはな。
「まぁいい。じゃあ、後は宿だな。今日の泊まるところをみつけないと」
「え!? あ、そうですよね。宿ですね」
うん? なんか目を白黒させて、なんでそんなに顔が真っ赤なんだ?
「メリッサ、顔が紅いぞ」
「ひゃ! しょ、しょうれすか?」
うん。顔だけじゃなく呂律もおかしいな。
「風邪か? だったら早く宿を探した方がいいな。どこかオススメはあるか?」
「は、はい。それでしたらこの先に馬車も預かってくれる宿がございます」
ふむ。馬車も預かってくれるとなると有難いな。
「じゃあそこへいくとするか。メリッサ案内を頼む」
「はい! 承知いたしました!」
うん? なんか妙に元気になったな? 風邪じゃないのか?
◇◆◇
メリッサが案内してくれた宿は程なくしてついた。
煉瓦造りの建物で、三階建て。見た目にはビジネスホテルを彷彿とさせる。
メリッサの話では、大浴場みたいなものもあるそうだ。
トイレも各部屋に整備されている。魔導器によって水洗が実現されているので地球とあんまり変わらない感じだな。
入り口の前ではボーイにあたるであろう男が一人立っていて、馬車が来たことを知ると、馬車を止めておける専用の小屋まで案内してくれた。
そこで馬車を止め、俺達は宿に向かう。
因みに飼葉などの餌はしっかり与えてくれるそうだ。そのあたりは確かに便利だな。
で、案内され俺のいた世界でいうフロントでチェックインを済ます。
石造りの床は歩くとカツカツいい音がする。大理石とまではいかないが、中々の床だ。
カウンターの中には四〇代ぐらいのふくよかな女性が立っている。
「今日の部屋を取りたいんだが」
「はい、宿ね。お客さんここは初めて?」
「あぁそうだ。部屋は空いているか?」
「それは問題ないよ。ただね、今はどこも厳しいから一緒だとは思うけど、奴隷も一緒ならその分も一人分として料金を頂くからね」
俺は思わず怪訝に眉を顰めた。何をいってるんだこの女は?
「うん? もしかして不満かい? だったら別の宿を探してもいいと思うけど、ただ今はどこも一緒かと――」
「俺はそんなことで不満に思ってるわけじゃない。奴隷だからかどうかは知らないが、人が泊まるわけだから二人分取られるのは当たり前だろ」
俺は何を言ってるんだお前は? という雰囲気を醸し出しながら言う。そしたら今度は女が不思議そうな顔をしてきた。
「まぁ納得してくれてるならそれでいいけどね。で、部屋だけど奴隷も一緒に入れるシングルだと」
「おいちょっと待て。なんでシングル前提なんだ?」
「え? あぁそうかダブルの方がお好みかい? 結構余裕があるんだね。だったら」
「まてまてまて。それも、いやおかしいとまではいわないが、ツインはないのか?」
全くいきなりダブルとか飛躍しすぎだろ。
「はぁ? ツインってあんた。それベッドがふたつある部屋の事だよ?」
当たり前だろ。何をバカみたいな事を。俺が物を知らないとでも思っているのか?
「そんなことは知っている。それでツインの部屋は空いているのか?」
「空いているけど本当にいいのかい?」
「いいに決まってるだろ。俺がそう言っているんだから」
「あの、ご主人様。本当にそれで?」
て、メリッサお前もか! 何故そんな不思議そうな顔して訊くんだお前たちは。
「とにかくツインでいい。料金はいくらだ?」
「あ、あぁそれじゃあ二人分扱いで一泊八〇〇〇ゴルドだ」
……結構するな。ゲームでは高くても一人二〇〇〇ぐらいだったと思うが。
まぁでも仕方がない。俺は女に代金を支払い鍵を受け取ってメリッサと部屋に向かう。
ちなみに最初はシングルで別々とも考えたんだがな。馬車で絡まれているのを見てるし心配だから部屋は一緒にする事にする。
文句でもいわれたら変えようとも思ったがメリッサにもそんな様子はないしな。
部屋はまぁわりと普通な感じか。違和感がないのは逆にすごいのかもしれない。
床は板だが、個室にトイレが用意され、奥には左右の壁際にベッドが一つずつ。
服をしまっておけるクローゼットも設置されてるし、ベッドの横には魔導器のスタンドが置かれ灯りが確保出来るようになっている。
引き出し付きの机も一つ設置されていて、メモ帳も一冊置かれていた。
今はカーテンが閉められているが、開けると硝子製の窓。
正直テレビがないって事を除けば俺のいた世界のホテルとそうは変わらない。
後は風呂があるかないかぐらいか。
で、部屋についたので鎧とかそういった戦闘用の装備品だけは外しておこうかなと思ったらメリッサがよってきて手伝ってくれた。
なんかこういうのって仲の良い夫婦みたいでいいかも――て、何をいってるんだか俺は。
まぁとりあえず防具の類はマジックバッグに突っ込んで武器に関してはそのままにしておく。
何が起きるかわからないしな。
で、一旦ベッドに腰掛けるが……なんだろメリッサが前で手を組んだまま立ち続けている。
「いやメリッサ。とりあえず座って落ち着いたらどうだ?」
俺がそう声を掛けると、はい、ありがとうございます、と言って――床に正座で座りだした。
うん、こっちにも正座ってあるんだな……ってそうじゃない。
「何をしている?」
「はい、座れということでしたので、はっ! まさか私何か失礼なことを! 座り方に何か問題が?」
「いや、そうじゃなくてベッドに座ればいいだろ。もう一つあるんだから」
「そ! そんな! 私のような奴隷風情が、夜のお相手以外でベッドになど恐れ多くてとてもとても!」
うん、今ちょっちアレなキーワードが出たけど、まぁそれはそれとして。
「奴隷風情にって……メリッサいいかげん自分を卑下するのはよせ。さっきも言ったと思うが君は十分に役に立ってるし俺も助かってるんだ。だから気にせずベッドを使え」
「しかし……それでもやはり私は奴隷です――ご主人様の物でしかない私が、人と同じ扱いなど……」
なんだそれは? いったいメリッサはこれまでどんな扱いを受けてきたんだ? 全く理解に苦しむな。
「メリッサどうも勘違いしてるようだが、俺は確かに成り行きで君を奴隷として買うとはいったが、本来であればそんな事はしたくないんだ」
「え……? あ、そ、そうですか――そうですよね……」
うん? なんだ? 妙にしゅんとしてしまってるが。
「とにかく。それでもとりあえず今は奴隷として迎え入れ、その後はまたなんとかしようとは思ってはいる。だけどそれでもやはり俺は奴隷としては見れないんだ。だからベッドは使ってくれ」
「ですが……」
蚊の鳴くような声で口にする。しかし本当に元気がなくなったな? なんだってんだ。
「だったらもういい、これは命令として聞いてくれ。ベッドを使うんだ」
「……判りました」
そこまでいってようやくベッドに移ってくれた。
しかしそんなに奴隷の立場がいいのか? 俺は確かに奴隷を購入しようと思ってた事はあったが、彼女をみてると寧ろ今は奴隷より、普通に仲間として受け入れたいんだがな。
ただ流石に解放のための代金も高すぎるしな。現状はどうしようもない限りだ。
全く情けない限りだな。
ん? もしかしてその不甲斐なさを察してしまったのか?
むぅ、だとしたらなんとかしないとな――
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