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第34話 協力出来ないノマデスの理由
「なんで難しいのん? まさかあんたらまだうちらのこと、怪しいとか思ってるんかぁ?」
「違う。もうそれはいい。ブルー様の名前が出たのなら間違いはないだろう。ただ、今は時期が悪いのだ」
「時期だって?」
「はい。それに関しては私もクローバーに同意です」
するとエメラルドもどこか真剣な眼差しで口を開いた。どうやら何かやむにやまれない事情があるのかもしれない。
「何故か聞いても?」
「構いません。実は今ノマデスの森を狙う者と対立状態にあるのです。本来我々ノマデスは領内の自然の様子を知るために遊牧して回るのですが、ノマデスの森で長い年月をかけて我々を見守ってくれた御神木を狙う者がやってくるようになり、森を出ることも叶わない状態なのです」
御神木……そんな神秘的な木がこの世界に存在するのか。
「御神木って、所詮ただの木でしょ? そんなのの為に、森にこもってないといけないわけ?」
「馬鹿を言うな無礼者! これだから余所者は!」
アイリーンが不満そうに口にした途端、クローバーが眉を寄せて声を荒げた。こういうのは第三者からはそう思えなくても当の本人たちにとってはかけがえのないものだったりするからな。
「それはあかんでアイリーン、あんたにはそうは思えなくても人には譲れないもの言うのがあるんやから。クローバーもごめんな。それはほんま、謝らせてもらうわ」
「ご、ごめんよ姐御」
「……わ、わかればまぁいい」
カラーナがアイリーンに代わって謝罪すると視線が何故かその谷間に向けられ、少し躊躇いがちに答えてそっぽを向いた。
やはり男か……しかし意外と初だな。
「御神木はこの領地の人々にとっても大事なものです。このあたりの土壌が豊かなのもご神木の影響が大きいのです。しかしもしご神木が倒されるようなことになれば、レフター領は不毛な地になることでしょう」
「そこまでなのか……しかし、そんな大事な木が倒されるというのに誰も何もしないのか?」
「確か、ノマデスの森はグレインベースの町から近かった筈にゃん。町では何もしてくれないのかにゃん?」
「するわけがないだろう。何せご神木を狙っているのはその町の冒険者たちなのだから」
「なんだって? 本当かそれは?」
「本当のことです。今グレインベースの町は冒険者ギルドとギルドを管理するセブンスの二人に牛耳られています」
冒険者ギルド……そしてセブンス、アドベンウッドの町と同じ状況に陥っているというわけか。
「……大変そうだけど、その状況でどうして二人が?」
「ウォン!」
セイラが大事なことを聞いてくれた。フェンリィも鳴き声を上げる。確かに気になるところだ。
「実は今お話したグレインベースの町とも関係していることなのですが、元々その町で町長を任されていた方の一人娘が姿を消したのです」
「それで調査したら馬の足跡なんかを見つけてな。盗賊に攫われた可能性が高いと思って探して回ってるんだ」
「うん? でもそれおかしくない? あんたらは町の連中に神木とやらを狙われているんだろう? それならなんでわざわざその諸悪の根源のような町長の娘を探すんだい」
アイリーンが怪訝そうに尋ねた。今の話を聞いている限り二人にはその娘を探す理由がないのも確かだ。
「全く単純な女だ。いいか? 町長といってもそれは元町長だ。元々はあの町と我々ノマデスは良好な関係を築けていた。だが、領主が変わった途端、セブンスを名乗る連中がやってきて森の御神木を狙えと脅してきたのだそうだ。町長はそれを断ったらしいが……他にも色々と無茶な要求をつきつけられそれが不可能と知ると領主に逆らったという理由で、処刑にされたんだ」
「……なんて酷い話や……」
「町長は自分の命が危ないことを悟っていたのでしょう。処刑される前に森にやってきて一人娘のマイリスを託していったのです。そして――」
そのまま処刑されたのか……確かになんとも痛ましい話だ。
「でも、なんでその子は森から逃げたんや?」
「実は兄と揉めたのです。彼女は自分の父の仇を取りたいと、そう言い続けてました。御神木も狙われているのだからこちらから打って出るべきだと。ですが兄は首を縦には振りませんでした。戦力差のこともありましたが、元々ノマデスは進んで争いごとを望むタイプではないのです。実はブルー様への協力が難しいと思ったのもそういった思想も関係してます」
争いを好まないか……しかし俺たちが頼もうとしているのはまさにその争いごとだ。だとしたら元々協力を仰ぐのは厳しいのではないか? ブルーは彼らのこういった考えを知らなかったのか?
しかしまだ付き合いは浅いとは言え、あいつからは若干シャドウに近い空気も感じる。それぐらい知っていてもおかしくない気がするんだがな。
「マイリスは兄の考えに納得していなかったようです。そして私たちの目を盗んで森を出てしまった。その、マイリスは少し直情的なところもあって、それでついだと思うのですが」
「そんで結局盗賊に捕まったいうわけか。なんとも間の抜けた話やな。逆に迷惑かけてちゃ世話ないわ」
「カラーナ手厳しいにゃん」
「ふん、だがそこは俺と同じ考えだな。勝手な行動に振り回されるこっちの身にもなれというんだ」
「クローバー、口が過ぎますよ」
「ぐぅ……」
やっぱりエメラルドに頭が上がらないようだな。しかし攫われたか。
「それで、どこに攫われたか手がかりは掴めているのか?」
「それなのですが、この子の力も借り、協力的な方から話も聞き、この辺りまでやってきたところまでは掴めたのですが……」
どうやらここで暗礁に乗り上げたといったところか。
「ファルを飛ばして調べてはいるのですが、中々見つからなくて……でもあまりぼやぼやはしていられません」
ファル、彼女の肩に乗っている鷹のことなようだ。エメラルドに撫でられて気持ちよさそうに目を細めている。
「捕まってからどれぐらい経つんや?」
「二日ほどは……ただ、馬に乗せられている姿を見たものもいるので、無事だと信じています」
願いに近いといったところか。ただ殺すつもりなら最初から攫いはしないだろう。何かの目的があってのことだろうし。
「だけど、一体目的はなんなんだろうな?」
「身代金とか?」
「にゃん、父親が亡くなっている以上、身代金を取れると考えているとは考えにくいにゃん」
「……身分」
「え?」
「……彼女の身分が目的かも知れない」
セイラの言葉に俺は首を傾げた。いや身分と言っても……。
「何を言ってるんだこのメイドは? 話を聞いていたのか? マイリスの父親だった町長はもう亡くなったのだ。それなのに身分など意味がないだろう。こんなところにメイド姿で来るなんて非常識な奴だと思えば」
「ガルウゥウウゥウウ!」
「いた! な、ちょ、何でフェンリル様の子ども
が!」
「それはあんたがセイラを馬鹿にするからや」
フェンリィはセイラに懐いているからな~だけど口は悪いが確かに俺もそこが気になったんだけど。
「それにセイラの言うてることは何も間違ってへんで。確かにその可能性の方が高いと思うわ」
「え? そうなのか? だけど父親はもうこの世には……」
「勿論それはそうや。でも一つ確認やけど、マイリスの父親いうんは町長としてひょっとしたら名がしれていたんちゃうか?」
「はい。町民から信頼も厚く、領内では評判の町長でした。そういった方でしたから私の兄も信用していたのだと思います」
「やっぱりなぁ。それなら間違いないわ。盗賊たちは最初から町長の娘と知っていて攫ったんやろう。そして上手いこと利用するつもりや」
「利用って何かにゃん?」
「勿論名前や。町の皆に愛され信頼の厚い町長を失った悲劇の娘……奴らにとってはそれが金になる。例えば今自分たちが密かに匿っている、彼女を少しでも哀れに思うなら資金を援助して欲しいとか、そういうのを聞いてくれそうな連中を利用して金や物品を得るんや。他にもブルーみたいなことを言ってきたる日のためにとか口車に乗せるってことも考えられるな。こういうことをするのに娘本人がいると説得力が増すねん」
な、なるほど……そういう手もあるのか。流石にカラーナは本質は違えど盗賊だけある。
「そんな卑怯な真似……絶対にさせたくありません」
「そもそもマイリスがそんな話に乗せられるとは思えないぞ」
「せやから急がないとまずいんや」
「まさか、殺されるかにゃん?」
ニャーコが不吉なことを言った。クローバーとエメラルドの表情が険しくなるが。
「それは、あまり心配せんでもええと思うで。ただ、本人にとっては殺されるよりも……いや、それはやめとこ、無駄な不安につながるだけや」
「いや、そこまで言ったらあまり変わらないだろう」
険しい顔でクローバーが言う。ま、まぁでも、全て聞くよりはさ。
「それより盗賊の場所やな。地図とかあるか?」
「はい、ここに」
エメラルドが地面で地図を広げた。このあたりは森と平原が多いようだな。なのに見つからないとは……一体どこを探せば。
「判った、ここや、こっから北にあるこの山が集まってるところや」
「はや! え? でも結構距離がないか?」
「連中は馬で移動しとるんやろ。あるといっても道に慣れてるならそんなにかからんやろ」
「でも、なんでここってわかるんだ?」
「ここに小さな村があるやろ? ここに恐らくおるで」
「え? それって村が盗賊の村ってことか?」
「その可能性も無くはないけどなぁ、地図にも載ってる村なら、どっちかというと盗賊に支配されてると考えるべきやな」
「流石姐御! 冴えてますね! でも、どうしてここだと?」
確かに俺もそこが気になったが。
「元町長の娘を攫ってそんなアホなまねする連中や。多分うちらが戦った盗賊団みたいなのともちゃうやろ。どこにも属してない連中や。今の領主の影でこそこそ悪事を働いていたんやろうから拠点は目立たない場所に置く。それでいてこのぐらいの村なら支配もしやすいし、言い方は悪いけど村の人間を半分奴隷みたいにこき使えるから水と食糧の心配も減る。だから絶好の隠れ蓑と考える筈やねん」
な、なるほど……こういうことに気づくあたりは流石だ。カラーナにも来てもらってよかったと言うべきだな。
「よし、それなら目的地は決まったな」
「え? あの、もしかして一緒に来て頂けるのですか?」
「当然やな。これも何かの縁や。うちらも協力するで」
「仕方ないにゃん」
「……フェンリィ、暴れていいからね」
「ウォン! ガルルウゥウ!」
「何かわからないけど頑張るなの!」
俺らの話に入り込めそうもなくて大人しくしていたエリンだったけど、話が纏まってやる気を見せてくれた。まぁ、エリンには無茶はしてほしくないんだけどな……とにかく、乗り込むぞマイリスを攫った盗賊の潜む村へ!
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