第14話 奴隷と冒険者

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第14話 奴隷と冒険者

 突然どなりあげ、俺の近くまでやってきた男。  改めて見るとかなりエグい体格をしている。  とにかく筋肉感が半端無いし、上背もデカい。二メートルぐらいは普通にありそうだ。  俺も低い方ではないが、それでも普通に見上げてしまう。座ってるせいもあるがずっと見ていたら首が痛くなりそうだ。  そして装備しているのも恐らく中々のものだと思う。  肩当て付きの黒い鱗のような鎧はブラックタートルという魔獣の素材を使用したものだろう。  ガントレットとグリーブも似たようなものだと思う。  魔法効果を付けているかどうかはパッと見では判らないが、ブラックタートルはそれ自体が相当に硬い。  並の武器ではまともにやっても傷ひとつつけられないだろう。  しかもこの素材は結構集めるのも大変だ、それだけでもかなり熟練の冒険者だとわかる。  まぁ後は顔だな。うん、角ばった顔がこれまた大きくて、更に髪色はエンジ。  これで顔に傷でもあれば、はったりは十分だったな。  まぁとはいえ傷はないにしてもごつい顔ではある。子供なら間違いなく泣く。そんな顔だ。  で、そんな奴が睨み効かせて見下ろしてきてるわけだ。  参ったね震えちゃいそうだよ。冗談だけど。  てか、こいつのせいで食事を運んできた女もそそくさと後ろに引っ込んてしまったな。 「さっきから聞いていれば――」  おっと、その辺の亀なら一口で飲み込めそうな大口を開きだしたな。 「ふざけたことばかり抜かしやがって!」  またキレだしたな。そんな大声出さなくても聞こえてはいるんだが―― 「正直さっきから、お前がなんで腹を立てているのかさっぱり理解が出来ないのだが?」 「あん? 判らんだと? 舐めてんのかこらぁ!」  別になめてない。というか判るような事をこいつは何もいっていない。 「俺がキレてんのはなぁ! そこの奴隷に対してだ! てめぇ――奴隷相手に何してやがんだゴラァ!」  見た目にはそれなりの風格が漂うが、口調には頭の悪さがにじみ出ているな。  どこのヤンキーなんだこいつは? 「別に普通に彼女と夕食をと思っているだけだがな」 「あん? 普通だと?」 「そうだ。何かおかしいかな?」 「あったりめぇだコラ! 大体だったらなんでその雌は、床に膝をつけてねぇ! なんで人間様みたいに椅子に座ってやがるんだコラ!」  あぁなるほど。つまりだ、こいつもアレか。奴隷差別主義者って奴か、なるほどどうりで。 「ご主人様。私が床に移りますのでここは――」 「いやいい。そのままでいろ」 「ですが……」 「いいからそのままでいてくれ。それに君にそんな事をされては俺が負けたみたいで気分が悪い」  そこまでいうと、困った顔を見せながらもメリッサは椅子に座り続けてくれた。  だがこの男はやはり納得していないようだが。 「てめぇ、いい度胸してんな。俺がここまで言っても直そうとしないとはな」 「別に直す必要がない。お前のやり方がどうかは知らないし、そのやり方にいちいち口を挟むつもりはないが、メリッサに関しては俺のやりたいようにやっている。それに文句を言われる筋合いはない」 「やりたいようにだと? その人間みたいに扱ってるのがか? さっきもその雌の料理を用意しろとかふざけたこと抜かしやがってたが」 「別にふざけてなどいない。それとさっきから雌雌いうのもやめてほしいな。メリッサは人だ、人間だ、動物じゃない」  俺が次々に言い返していくと、男は鼻を鳴らし小馬鹿にしたような表情をみせてくる。 「人間だと? 本気でいってんのかテメェは! こいつは奴隷だぞ!」 「だからどうした? 奴隷だって人であることに変わりはない」 「それが間違ってるってんだろが! いいか! 奴隷は物だ! 家畜だ! 人なんかじゃねぇ! 人様なんかよりずっと劣る存在だ! 奴隷なんざはまともな飯も食う必要がなければ椅子なんかに座る必要もねぇ! 飼ってくれたご主人様の為に奉仕だけしてりゃいいんだよ! そんな事もわかんねぇのか馬鹿が!」  全く聞いてるだけで耳が腐りそうだ。奴隷が欲しいなんて考えたりもしたが、こんな話を聞くと気が滅入るだけだな。 「もういいわかった。さっきもいったが貴様のやり方にこっちは文句をつけるつもりもない。だが俺はやり方を変える気はない。そんな相手に話すだけ無駄だろ? さっさと席に戻って――」    その瞬間、けたたましい音とともに、座っていた目の前の円卓が俺の視界から消え失せ、そして厨房の方から何かが粉々に砕ける音が鳴り響く。    それが恐らくここにあったテーブルだろう。  きゃぁ~! という悲鳴が直後に広がり、他の客が慌てて食堂から逃げ出した。  てか……俺の飯―― 「この俺が、気にくわねぇってんだろが糞が」  メリッサが完全に固まってる。とりあえず怪我がなくてよかったが、肩も震えてるな。  そりゃそうか、こんな奴が睨み聞かせてテーブルぶち壊しやがるんだもんな。 「どうでもいいがお前、こんなところで騒ぎ起こしていいのか? かりにも冒険者なんだろ?」  トラブル厳禁だろ冒険者は。 「あん? なんだお前はそんな格好してモグリか? エキスパートランクのザックといえばこの街で知らねぇ奴はいねぇぐらいだ。こんな事ぐらいで文句をいって命を縮める奴はいねぇよ」  なるほど。だから厨房の連中は奥に引っ込んで震えてるだけで何も行動しないのか。  衛兵なんかが来る様子もなさそうだな。 「それでお前は一体俺をどうしたいんだ? いくらなんでも喧嘩はまずいだろ?」    まぁ今日出会った三人組の理屈なら素手ゴロならオッケーみたいなノリだったがな。 「ふん、そんなくだらねぇことはしねぇよ。決闘だ。それであれば何の問題もねぇ!」  ……決闘か。そういえばうっかりしてたな。  確かにそのシステムはゲーム内でも存在した。基本特定の地域を除いてプレイヤーを他のプレイヤーが殺すPK行為は禁止されてたが、決闘行為は認められていた。  ただそれでも街なかでは決闘も出来なかったはずだけどな。コロシアムみたいな特別な施設か、フィールド内でないと無理だし、当然決闘は双方の合意がいる。 「街なかでの決闘はご法度のはずだろう?」  俺は一応知ってる体で話す。確認はしてないが、ゲームのシステムは反映されている可能性が高い。 「あん? 何言ってんだてめぇ。ここは街なかじゃなく宿の中だろ?」  無茶苦茶な自分ルールで回答しやがったなこいつ……ただこれを聞く限りはやはり、基本街では決闘が出来ないようだ。  さて、とはいえだからってあえてそんな面倒な事をやる必要がないんだよな。  そもそも宿屋でオッケーはこいつが勝手に決めてる事だろうし、こいつが俺を殺しても色々握りつぶすかもしれないが、俺がこいつを殺すと厄介な事になる可能性が高い。  利のない損ばかりの話だバカバカしい。 「悪いが断る。俺はそんな無駄なことは」 「つまりてめぇは、偉そうな事をいっても自分の奴隷を見捨てるんだな?」  何? と俺はメリッサへと顔を向けるが――いつの間にかあのメイドがメリッサの背後にまわり首にナイフを突きつけている。 「もし決闘を拒むなら俺の命令でこいつが貴様の奴隷を躊躇なく刺し殺す。俺の躾は完璧だ。絶対に歯向かわねぇ」    くっ……油断した、最悪だ。これだと俺のキャンセルではどうしようもない。  メリッサに絡んでいた連中みたいに直前の行為をキャンセルすることは可能だから、このメイドにキャンセルを掛ければ一旦はナイフを収めるかもしれない。  だがその直後にこのザックとかいう男の命令を聞いてしまえば、すぐに殺しにかかるだろ。  俺のキャンセルは対象が同じ相手の場合、再使用に若干の時間を有す。  かといってザックに掛けるのも無理がある。こいつが俺に腹を立てていたのは食堂に入ってからのことだろ。  その感情までもキャンセルでは消す事ができない。    決闘の下りをキャンセルしても直ぐにまた挑んでくるだろう。  そうなるともうこの場では一つしか選択肢がない。  チッ、面倒だな。 「わかった受けて立とう」 「そんなご主人様! だめです! エキスパート相手になんて無理です! 私の事なんて構わないで」 「馬鹿言うな!」  俺は思わず叫んでいた。メリッサは諦め易すぎる。だが自分の命が掛かってるんだ。そんな事まで簡単に諦めるな。 「メリッサ。少しはお前のご主人様を信じろ」  細い声で、ご主人様、と呟く声が聞こえた。  全く腹が立つ。こんな事でメリッサまで悲しませて―― 「それで? どうやるんだ?」 「はん、決まってる」  男はそういうと足下のバッグを拾い上げ、中から得物を取り出した。  ずっと気になってはいたが、こいつもマジックバッグを持っていたんだな。 「てめぇはその腰の双剣が武器か?」  あぁそうだ、とだけ応える。しかし鎧の類を外してしまっていたのが痛いな。  一応メリッサの足下にあるバッグにしまってはいるが、それをつける時間は与えてくれないだろう。  おかげでいまの俺はシャツにズボンだけという出で立ちだ。  逆に相手は鎧に、そして取り出した大剣を肩に担ぐというスタイルだ。  まぁでも俺はこいつを殺すつもりはない。勿論本当に正式な決闘か、正当防衛が成立する状況なら躊躇いなくやるが、今の状況は不確定要素が大きすぎる。 「さぁやるぜ。おいセイラ、てめぇは決着がつくまでその女から目を話すなよ」 「――はいご主人様」  抑揚のない声……まるで機械みたいだな。こうやってみてると顔は綺麗なんだが。 「人の奴隷に気を取られている場合かよ!」  ザックはそう言うといきなり大剣を振り回し始めた。  とりあえず俺はその剣の軌道から外れるよう移動を続ける。  だが、やはり装備の恩恵がないと動きに切れがないのが自分でも判る。  それにしてもこいつ本当に容赦がないな。厨房からも悲鳴が続いてる。  そりゃそうだろ。何せこいつが大剣振るうたびに軌道上のもんがぶっ壊れていくんだ。  壁にだって穴があいていく。修理費とかどうすんだこれ? 俺は責任もてないぞ? 「ふん、ちょこまかちょこまか逃げ足だけは速いようだな」 「そりゃどうも」  俺は軽口で返す。しかし本当はそこまで余裕が無い。  躱せているのはこいつの振りが大振りすぎるからだ。  それで軌道をよんでいる。  まぁでもおかげでこいつがなんのジョブ持ちなのかはわかったけどなっと――
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