第16話 とりあえず――逃げろ!

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第16話 とりあえず――逃げろ!

 闘いは終わった。いや相手が完全に意識を失ったからな。  この状況でまだ続いているという奴もいないだろう。  まぁそれはいいんだが――やはり問題はメリッサだ。果たして素直に……ておい! 「既に解放済みかよ!」  思わず突っ込みの言葉を叫んでしまった。  何せあのメイド服奴隷。今はナイフを収め、倒れたザックの頭の傍で正座してみせている。  ……まぁ解放されたならいいんだが。 「メリッサ怪我はないか?」 「え? あ、はい」  ちょっと戸惑ってる雰囲気だな。まぁ急にナイフを収められてよくわからないといったところか。  とはいえそれにしても。 「どうでもいいが、いやこっちとしては有難いんだが、また随分とあっさり引いてくれたな」 「……決着が付くまで見ていろがご主人様の命令です」  ……まぁ確かにそんな事をいっていたな。それに従ってるってわけか。  しかし忠実だな。忠実すぎる。本当にロボットみたいだ。  う~ん腰までありそうな綺麗な黒髪に、整った顔立ち。  目もぱっちりしていて胸はちょっと残念そうだけど、容姿だけならメリッサに負けないぐらいの美少女なんだが――とにかく感情がみえないな。  てか。目に生気も感じられない――気がする。 「なぁ、確かセイラといったか? あんたはそこのザックの奴隷であることに不満はないのか?」  俺も何を聞いているんだろうなって感じだがな。  なんとなく気になってしまった。 「……私は奴隷です。ご主人様の持ち物です。物は不満など持ちません。ただ使われるだけです。命令に忠実に従うのが私の役目です」  ……抑揚のない声で本当にプログラムみたいな返しだな。  でもなんだろ……どこか気になるが―― 「あのご主人様――」  うん? あぁそうだメリッサ。まぁこの奴隷のことはとりあえず放っておくしかないな。大体人の事を気にしている余裕は今の俺にはない。  で、俺はメリッサを振り返る。どことなく不安そうな表情……そりゃそうか。  もう食堂もめちゃくちゃだ。バトルが終わって使用人とか料理人とかも顔を出してこちらを指さし始めてる。ちょっとヤヴァいなこれ。 「メリッサ逃げるぞ!」    え? と慌てる彼女の右腕をとって俺は走りだす。  何故逃げる必要があるんだ、悪いのはこのザックとか言う脳筋馬鹿じゃないかという思いも当然あるが、単純な立場とかそういうので分が悪い。  何せ俺は冒険者としてはまだまだビギナー。悪名とはいえ無理を無茶で通してきたであろうエキスパート冒険者とどちらの肩を持つのかと言われれば、それは長い方にまかれろってなもんだろ。  とにもかくにも食堂飛び出し、宿の出入口を脇目も振らず駆け抜け、そのまま馬車を止めている小屋まで移動し、まだ何も知らない見張りに鍵を開けてもらって、メリッサと馬車に飛び乗った。  そしてメリッサの手綱で馬車を走らせる。 「あのどこに?」 「街の外には出れるか?」 「え? え~と門が閉まるのは夜の8時ですが……」  確かなんとなく目にした食堂の時計だと7時半だったな、ギリギリで間に合いそうだ。 「よし! じゃあ急いで外に出よう。仕方ないから今日は野宿だ。あの男に見つかっても面倒だからな」 「の、野宿、ですか?」 「あぁ悪いないきなりこんな事になって」 「い、いえ大丈夫です。それでは急ぎます」  こうして俺達は馬車で街の外に出た。  守衛に訝しがれたが、依頼で出ることになったと冒険者証を見せたら取り敢えずは納得してくれたな。  ただ8時以降はもう入れないと釘も刺されたがそれは承知のうえだ。  で、今は街道を馬車でひた走っている。流石に夜は視界が悪いが、それでも空は晴れていて満月と満天の星空のおかげか、多少はましか。  本当は俺も魔法の一つも使えればよかったんだけどな。それも無理だ。  魔導器もランプ系はもっていない。買っておけばよかった。  ただメリッサはかなり目が良いようだ。夜の街道も外れることなく、見事な手綱さばきで馬を操り続けている。  本当にスペックが高いなメリッサ。   「それで一体どういたしましょうか?」 「そうだな。丁度朝からアロエー森林に向かおうと思ってたんだ。その近くまでいけるかな?」 「……はい、大丈夫です」  うん? やっぱどことなく元気が無いな。  ……それはそうか。宿から逃げるみたいになったし、それにもうあの宿も使えないしな。  まぁ個人的にはもうあんな宿ゴメンだが、結局金だけ無駄にしたし、もしかしたら更に不甲斐ないとか思われてるだろうか?  参ったな……ナンコウ草を採る依頼で挽回できるといいんだけど―― ◇◆◇  アロエー森林までは馬車で一時間ぐらいで辿り着いた。  徒歩より遅くも感じるが、夜間だからそれは仕方ない。  森の中までは街道は走ってないみたいだな。  まぁそれもそうか。取り敢えず森沿いのあまり目立たなそうな場所に馬車を止めてもらう。  今日はこのまま馬車の中で眠る形だろうか。  ただ、まだ夜の9時にもなってないだろうからな、地球で暮らした俺には早過ぎる時間だ。  今は俺とメリッサで御者台の上にいる。身体を外に完全にさらけてるけど、時期がいいのか風も心地よいし寒くも暑くもない。    空には満月、そして煌めく星々。  だけど……やっぱどこか暗いなメリッサ。  なんだろ? 訊いたほうがいいだろうか…… 「あのご主人様――」  て、その前に彼女から声がかかったな。  え? とつい身構えてしまう。 「ずっと考えていたのですが……私ご主人様に迷惑ばかりかけてしまってます――」  うん? なんだ突然。迷惑って…… 「一体何を言っている? 俺は君のことを迷惑だなんて思ったことはないぞ?」 「……いいのですご主人様。無理なさらないでください。あの宿だって私のせいで逃げ出すような事になりましたし、元はといえば私がいたからお風呂にも入れず食事もままならず、更に決闘までするはめに――」 「メリッサ。それは違う。そもそもあれは君が悪いんじゃない。全部相手のやり方が気に入らなくて俺が言い返してただけだ。その、俺は嫌だったんだよ君が奴隷だからって人として扱われないなんて、俺には耐えられなかった」  メリッサは悪い方に考えすぎだ。別に俺が勝手にやったことなのに、それでメリッサを迷惑だなんて思うわけがない。 「……ご主人様はお優しい方です。でもそれでご無理をされるのは私も辛いのです。どうか本音をいってください。もしいますぐ去れと言われれば、私もここから消えますので」 「何を言ってるんだ! 意味が判らん! 俺が君に消えろだなんていうわけがないだろ!」  メリッサの肩がビクリと震えた。  しまったつい語気を―― 「わ。悪いつい。でも本当の気持ちだ。だからつい声を荒らげてしまったけど、君にいなくなって欲しいなんて思ったことすらないよ」 「……判らないです。ご主人様のお気持ちが――どうしてそんな事を……」  顔を伏せてメリッサの目に涙も溜まってるような……て、ちょ! なんでそんな顔!? なんだやっぱりこれは―― 「すまんメリッサ。俺が不甲斐ないから君に心配かけさせてるんだな。確かに冒険者になったばかりの俺なんかじゃ信用もないだろうけど」 「そんな! 私そんな事を思ったことはありません! 不甲斐ないだなんて!」  て、今度はメリッサが声を荒らげて、一体なんだ? 違うのか? 「私は、私はご主人様に救われたこと、今でも感謝しています。奴隷にしてくれるといったことも……でもご主人様は無理をなされているのですよね? 本当は私みたいな奴隷買いたくなどないのに仕方なく……」  ……俺がメリッサを、買いたくない? 「ちょっと待て。どうしてそうなる? 俺がそんなメリッサを仕方なくとか買いたくないとか……」  するとメリッサが軽く顔を背けて、淋しげは声で口にする。 「だってご主人様……奴隷として買うとはいったけど本来はそんな事をしたくないって――」  自分の細い肩を抱くようにしながらの訴え。  俺はそれの意味を理解するのに若干の時間を要したが――そうかあの時の……  なんてこった俺は馬鹿だ。  確かにあの台詞を聞けばそう思われても仕方ない。なんてこった。それでメリッサをこんなに傷つけてしまうとは―― 「メリッサ済まない! 全面的に俺が悪かった!」  とにかく俺は御者台の上でメリッサに向けて限界まで頭を下げた。  それにしてもこんな事も気づかかなったなんて自分で自分が情けなくなる。 「そ、そんな! 頭をお上げください!」 「いや下げさせてくれ。俺の言葉が足りないせいで君に勘違いさせてしまった」  え? と小さなそれでいて耳に残る声。 「言葉が、足りない?」 「あぁ、そうだ。俺があの時いったのは君を奴隷にするのが嫌だという意味ではなくて、出来れば君を奴隷としてではなくて仲間として迎え入れたいと、そういう意味でいったつもりだったんだ。短い間ではあるけど、それでもメリッサに色々救われてるし、君の人柄も気に入ってる。それに、その綺麗だしな。いやこれはイヤラシイ意味とかじゃないんだけど!」  俺はそこまでいって顔を上げ、慌てたように手を振った。  するとメリッサがきょとんとした顔で俺を見つめそして――ボロボロと泣き出した。 「ちょ! ご、ごめん本当に! 悪かった! なんなら殴ってくれても――」 「違うんです!」  メリッサが振り絞ったような声で叫ぶ。涙混じりの声で。 「私……今嬉しいと思いました。ご主人様がそんな風に思ってくれているなんて……でも同時に自分が許せなかった――ご主人様の気持ちに気づけず、勝手な思い込みをしてあんな態度……こんな奴隷嫌われたって、え?」  俺は思わずメリッサを抱きしめてしまっていた。これはもう反射的というか自然というか……俺のためにそんな健気な事を思ってくれるメリッサが、凄く――愛おしくも思えてつい腕が伸びた。  これは仲間と思ってる相手にはやりすぎだろうか? でも身体が勝手に動いてしまったんだ。  この想いは今更キャンセルできない。 「ご主人様――」 「ごめんメリッサ。ついこんな事を」 「そんな――嬉しいです……」  俺はそっと身体を離し、肩を掴んだままメリッサを見つめる。 「メリッサ。俺は決めたよ。君のことはいずれ絶対に俺が奴隷から解放する。それが俺の目標だ」 「そんな、でもそれには」 「判ってる。だから直ぐには無理だけど、でもそれでも諦めないから。だからそれまでは、奴隷として一緒にいてもらう事にはなると思うけど……許して欲しい」  そんな……とメリッサが顔を振り、闇夜の中も照らし続ける金色の髪も合わせて揺れる。 「奴隷としてお傍に仕わせて頂くだけでも恐れ多いのに、そのような事まで――私などに勿体なさすぎます……」  メリッサの宝石のような碧眼が濡れている。  俺の目をじっと見つめながら―― 「メリッサ勿体無いなんてそれは俺が言うべき言葉だよ……君は美しすぎる」  言ってつい髪に手が伸びる。サラサラの感触が肌に残る。  本当に綺麗だと思った。蒼い双眸は見つめているだけで吸い込まれそうになる。  ……そしてそのふっくらとした桜色の唇も吸い込まれそうに―― ――ブルルルルゥ?    はっ! やばい! つい! 俺は正気を取り戻し顔を離し目を背けた。  馬がこっちをみて鳴いてくれて助かった。  危なく相手の気持ちも確かめないまま……やばいやばい、これでまた勘違いだったら目も当てられない。 「ご主人様……?」 「あ、いやその。満月が綺麗だなメリッサ」  俺は誤魔化すようにそう口にする。  するとメリッサから、え? はぁそうですね、とちょっと気のない返事が返って来た。  ……やっぱり早とちりだったか。少し機嫌が悪いような――    俺はチラリとメリッサを覗き見る。  するとにこりと微笑んではくれた。  そ、そこまで怒ってないのかな? 「私――の……が、やっ――り、わ……せん」  うん? メリッサが俯きながら何か言ったような? 「え~とメリッサ? 何かいったかな?」 「いえ何も――」  笑顔だけど何かやっぱりちょっと冷たい気もするな……  はぁやっぱりか。思わずキスしそうになったのを怒ってるのかもしれない……  そうだよな。全く俺だって判ってただろうに。  前にちょっといいかなって思ったあの娘だって、車の中でキスして危なく強制わいせつで捕まりそうになったぐらいだ……本気で泣き出して暴れだすんだもんな――あんなのはもうごめんだ。  とにかくこれからは慎重に……もうミスは許されないんだから――
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