第19話 馬車がない

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第19話 馬車がない

 邪魔者もいなくなり、メリッサの、一生懸命にナンコウ草を摘む仕草やちょいちょい顕になる谷間と、ミラージュドレスの隙間からチラチラ覗かせる太ももをご褒美に、俺も張り切って薬草採集に励んだ。  その結果――思ったよりも早く仕事は片付き、太陽が中天を過ぎた頃には、あの三人組が縄張りと嘯いていた群生地の物は全て採りつくしてしまった。  一体どれほど採れたかと、マジックバッグから取り出して見てみると、草むらの一点に小さなナンコウ草の山が出来た。  もはやグラムというよりキロの世界である。  大体三〇kgぐらいはあるだろうか? 一〇グラムで五〇ゴルドだから、これで一五〇〇〇〇ゴルドという事になる。 「かなりの収穫だな」 「はいこれもひいてはご主人様の手腕の賜物でございます!」  まぁ正直そこまでの事はしていないと思うが、目をキラキラさせていってくるので特に否定もしなかった。 「とりあえずこれでもう採るものもないし一旦街に戻るとするか。お昼もとりたいしな」 「はいご主人様」    こうして俺とメリッサは馬車を繋いでおいた場所まで戻っていったのだが―― 「馬車が……ないな」 「あ、あうぅうう~」  メリッサが泣き出しそうな声で呻いた。  ちなみに馬車を置いておいた位置が判らないなどというボケではない。  実際にここに馬車があったのは事実だ。それはハッキリしている。  では何かの拍子に馬ごと逃げたのかというとそうでもない。  何故そこまではっきり判るかというと―― 「このロープ……何かで切られた後があるな――」  そう、ロープの断面は鋭利な刃物で切られた跡があった。  つまり馬が暴れてロープが切れたなどではない。  誰かがロープを切って馬ごと馬車を持ち去ったのだ。 「もうしわけありませんご主人様! やはり私がしっかりみておけば!」  頭を何度も下げるメリッサ。しかし彼女は自分で責任を背負い込みすぎる。 「謝る必要はない。これは俺のミスだ。それにメリッサを残しておかなかったことに心から安堵している。もしメリッサを残していたらどんな危険な目にあったか判らないからな。大事なメリッサがそんな事になっていたなら俺は悔やんでも悔やみきれない」  メリッサの頬がポッと火照る。大事というと照れるようだ可愛い。 「しかし何の荷物も積んでいない馬車を盗もうとする連中なんているんだな」  マジックバッグはメリッサが持っていたからな。だから馬車には一切荷物は積んでいなかったのだが。 「馬車は単体でも売却する事は可能なので……トルネロの馬車はそれなりに使用感はありますが、それでも正規の売値で馬車本体が五〇〇〇〇ゴルド、馬が一頭一五〇〇〇ゴルドほどになるかと思われます」  そんなにもか。ゲームでは馬車を買うことはなかったからその価値までは判らなかったな。  しかしそうなると本体が五〇〇〇〇に馬が一五〇〇〇×四頭でこれが六〇〇〇〇合計十一万ゴルドか。  確かに結構な金になるな。さっきの帰還の玉の例でいくと買う場合は売値の三倍はしそうだからこの馬車の価値は三三万ゴルドって事になるのか。 まぁ車代わりに使われてるならそれぐらいしてもおかしくないが。  まぁそれはそうと―― 「馬車は所有者登録をされているだろ? それで売ったりしたら直ぐに足がつくんじゃないのか?」 「はい、ですので馬車泥棒は正規のルートでは売らないでしょうね」    正規のではない……なるほどそういう事か。 「盗賊ギルドか……」 「えぇ……」  メリッサは伏し目がちに汚らわしい物を口にしたが如く応えた。  忌避感がそうとうあるのだろう。  まぁそれはそうか。ちなみに盗賊ギルドとはまぁ読んで字のごとく盗賊業を生業としている連中が集まる裏ギルドといった感じだ。  これはゲームにもあったシステムだが、盗賊ギルドとは名称されているが、別にシーフでなくては入れないなどとそういうことではない。  そもそも冒険者ギルドはシーフであっても仕事は引き受ける事が出来るわけで、彼らはトレジャーハンター的側面も大きかったからだ。  つまり盗賊ギルドというのは職業に関係なく誰でも登録は出来たわけだ。  そしてその中身も盗賊ギルドの名に相応しいもので、依頼には窃盗から誘拐、馬車強盗から大きな物ならテロへの参加なんてものもあったぐらいだ。  そして依頼以外でも盗品の売買というのもこのギルドが一手に引き受けていた。  盗賊ギルドはゲーム内ではその一風変わったミッションに興味を抱いて登録するものが多かった。  特に連動依頼はかなりの評価を得ていた。    連動依頼とはある正規の依頼に対し、裏で盗賊ギルドへそれに関係した依頼を設けるというものだ。冒険者の護衛に対して盗賊の誘拐みたいな感じだな。  まぁそんな盗賊ギルドだが、勿論盗賊ギルドでやる仕事にもリスクはあった。  一番のリスクは盗賊ギルドに登録した時点で冒険者としては動けなくなる事か。  他にもゲームには犯罪ポイントという隠れパラメーターが存在したようで、これがたまると街なんかも表は堂々とは出歩けなくなるし、重罪人となると最悪捕まった後に死刑(キャラクターロスト)になる可能性すらあった。  ただ現実化したこの世界だと盗賊ギルドに入るとすぐ冒険者除名になるかは判らないけどな。  ようはバレなければいいのだろうし。  まぁ捕まった後の対応はリアルの方が厳しいこともあるかもしれないがな。  そういえば裏ギルドといえば暗殺ギルドというのも存在したな。まぁこれもそのままだが暗殺の依頼を請け負うというものだ。  まぁ変わっていたのは依頼者がプレイヤーだったことだけどな。  初心者を除けば大金を積めばプレイヤーの暗殺を依頼できたし、請け負ったほうも暗殺対象にだけはPK行為が行えた。  尤も見つかればリスクも当然合ったが。    まぁとはいえこれらはあくまでゲームでの知識だ。盗賊ギルドも暗殺ギルドもリアルになった世界では色々変更されている可能性もある。  暗殺ギルドも対象の制限なんてものは無くなってる可能性が高いしな。  ただベースは一緒だろうから、盗まれた馬車が盗賊ギルドを介して売りに出されるのはほぼ間違いないだろう。そうなると―― 「盗られた馬車は街のスラムに向かってる可能性が高いというわけか……」 「はい、そうです。でも流石ご主人様ですね瞬時にそこまで考えが及ぶとは!」  まぁゲームの知識もあるしな。  スラム……これはゲームでもある程度大きな街ならかならず存在した。  まぁようは貧民街だが同時に街の暗部でもある。裏ギルドである盗賊ギルドや暗殺ギルドはこういったスラムの中に存在するからだ。  そしてスラムの中というのはかなり特殊で、ある意味で治外法権がまかり通っているような場所でもある。  何せスラム街は表のルールというのが通用しない。PvPもスラム街では許されているしリスクもない。窃盗しても誰も文句はいわない(ちなみに窃盗に関係するスキルというのも存在した)。  騙されても騙される方が悪いという正にアンダーグラウンドな区域、それがスラムだ。  これはゲームでの話ではあるが、リアルになっても同じだろう。ちなみにスラムは表からでも入ることは可能だが、かならず隠された裏口や手口みたいのも存在した。  何せ犯罪ポイントがたまると表門から堂々とは入れなくなるからな。    なので隠し通路みたいなのを利用するか、もしくはある一箇所の守衛のみ金で買収されてたりというのが定番であった。  そして確かセントラルアーツでは後者――金で買収されているほうだった筈だな。  さて、そうなると――その線で情報が掴める可能性もあるか。 「ご主人様……ひゃ!」  メリッサが随分しゅんとしているので、頭を撫でてやったら目を大きくさせて驚いていた。  そして少しトロけたような目を見せる。  どうも撫でられるのに弱いようだな。しかし俺だからいいが、他の奴らにこんな顔されたら我慢できないな。  まぁだからって他の奴らには撫でさせるなよ! と命令するわけにもいかないというか、嫉妬深い男みたいに思われそうだから嫌だしな。 「メリッサ、安心しろ。馬車は俺が取り返す。お前は心配しなくてもいい」 「え、でもご主人様それだとスラム地区に……」  俺を心配するような表情を見せてくれているなういやつめ。  だが勿論そんな心配は無用だ。 「大丈夫だ俺を信じろ。それよりも急いだほうがいいな。ちょっと特殊な方法で街に戻るから手を取るぞ」 「え? あ!?」  俺はメリッサの手をぎゅっと握りしめた。メリッサの顔を見てみると目を伏せて照れくさそうにしてる。  だが今はそれに癒やされている場合でもないな。  とりあえずメリッサを連れて森を出た。  森を出てしまえば見渡しのいい平原が続いている。  ここでならあれも可能だろう。脳内に表示されるスキルにもしっかりあるからいけるはずだ。 「あのご主人様一体何を?」    手を固く握ったままでいると、メリッサもちょっとした疑問を抱いたようだな。  まぁでもみてれば判る。  俺はある一定のポイントに意識を集中させ、メリッサと歩みを再開させた――その瞬間、キャンセルだ! 「……え? えぇええぇええぇえ!」    メリッサがかなり驚いているな。まぁそれもそうか。だがスキルは見事成功した。  ちなみにさっきまですぐ背後に見えた森は数百メートルほど後方にまで離れている。  つまりメリッサからみれば、まるで瞬間移動でもしたかのような感覚に陥ったと思うが、まぁだとしてもあながち間違ってもいない。  今俺が行ったのはステップキャンセルというスキルだ。  ゲームでは移動方法はマウスで移動先をクリックして指定するとそこまでキャラが移動するという方式だった。  これはわりとネトゲではありがちなタイプではあったのだが――このスキルは、そのポイントまで移動するという過程をキャンセルし結果のみを残す。  つまりスキルを発動した瞬間、メリッサの言うように瞬間移動したかのように目標地に飛ぶわけだ。  しかもスキルなので魔法のような詠唱もいらない、キャンセラーの中でもかなり優れたスキルだったりもする。  ただ移動する過程を飛ばすだけで結果は残るこのスキルは、例えは壁抜けみたいな事は出来ない。 本来の結果までしか飛ばないからだ。  これは人でも一緒でスキップキャンセルする場合、目の前の人間を飛び越えての移動などは出来ない。  効果範囲もある程度限定される。これは恐らくゲームに準拠されてる形のようだが、今試した限りは五〇〇メートル程度といったところか。 また使用対象も自分のみだ。  ただしその時に手を繋ぐことで、繋がれている相手も恩恵は受ける。  これはゲームでは小技みたいなもので、コミュニケーション機能にあった手を繋ぐを行った相手と試したら出来たという情報で発覚した。    ただし本来出来ないことは出来ない仕様なので、馬車を連れてステップキャンセルなどは不可能だ。  それにあまりに重いものを持ったり装備してる場合なども範囲に制限を受ける。  後は体力の消費は少し気にする必要はあるな。結果は残るので普通にその分は疲れる上、使用した分の消費もそれに上乗せされる。 「ま、まさかご主人様が瞬間移動の魔法までお使いになられるなんて――」  とはいえメリッサもかなり驚いているな。まぁでも魔法と思ってくれたのは予想通りだな。  先に転移魔法について聞いた時に瞬間移動の魔法は存在するとも言っていたしな。  だからここは、実はそうなんだ、という事で頷いておくことにする。  さて、とりあえずこれで大分移動時間は短縮できるな。待ってろよ盗人ども! 俺から馬車を奪ったことを後悔させてやる!
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