第25話 奴隷壊しのザック

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第25話 奴隷壊しのザック

 驚きに目を見開き尋ねてくるニャーコに俺は答える。 「ちょっと目にしてな。みんな妙に畏まってる感じだから気になったのさ」  とりあえず昨日のゴタゴタの事は隠したまま説明した。  どっちにしろあれでザックが何か手を回してるなら俺のことはすぐ判るだろうしな。  だけどこの反応を見るにそんな事はなかったようだが。 「そうにゃんか。でもあまり知らないほうがいいにゃんが……」 「なんだやばい奴なのか?」 「正直いうとそうにゃん。あの男は奴隷壊しのザックという異名を持つことでも有名にゃん」 「奴隷壊し?」  俺は思わず眉を顰めてその物騒な言葉を復誦した。 「そうにゃん……奴隷は家畜同然にゃん、人としては見ず道具として扱われるのが基本ではあるんにゃが」  その考えは俺には理解できないし気分も悪いが、そこに文句をいっても仕方がないので聞き流すことにする。 「ただあのザックは、その解釈が極端な男として有名にゃん。これまでザックは一〇〇を超える奴隷を購入し仕えさせてたにゃんが、そのどれもが長くても一〇日もすれば壊されていたにゃん。そして壊すたびに買い替えてきたにゃん……ただ自分の奴隷だけを痛めつけてる分にはまだ良かったにゃんが、ザックは他人の持っている奴隷にまで口を出すにゃん。少しでも態度の気に入らない奴隷がいたら壊すにゃんし、それでザックに文句をいうようならその主人にも手を出すにゃん」  ……なんだか聞けば聞くほどとんでもない男だな。 「それでも最近は丈夫な奴隷が手に入ったと喜んでいて、少しはマシになったとも聞いてはいるにゃん。でもそれでも特にヒットにゃんは関わらないほうがいいし、出来ることなら避けて歩いたほうがいいにゃん」  うん、心配してくれてるけど既に遅いんだなぁこれが。  てか丈夫って……あの奴隷セイラといったか。その顔が脳裏に浮かんだ。 「なんで俺はまずいんだ? メリッサと一緒にいるからか?」 「それにゃん。ヒットにゃんは奴隷をあまり奴隷として扱ってない気がするにゃん。あまりに珍しいからギルドでも一部では噂になってるにゃん。それ自体はニャーコも気にしないにゃりが、ただザックはやばいにゃん。あの男は奴隷は人よりも下が絶対にゃん。ヒットにゃんと奴隷の関係を見られたらほぼ間違いなく絡まれるにゃん」  うんそのとおりだ。見事に絡まれた。 「でもなんでそんな奴が冒険者としてやっていけてるんだ? それに聞いた話だがエキスパートなんだろ?」 「それは逆になんとかエキスパートで抑えてるといったほうが正しいにゃん。実力だけならスペシャリスト級とも言われてるにゃん。しかし本人に問題がありすぎにゃん。実際奴隷の事にばかり目が行くにゃりが、それ以上に際どいこともやってるらしいにゃん」 「だったらなおさらおかしいだろ。除名や場合によっては重い処罰だってありえるんじゃないか?」 「……ヒットにゃん忠告にゃん。ここだからまだいいにゃりが、外では絶対そんなこといったら駄目にゃん。それを踏まえた上でよく聞くにゃん。まずザックに奴隷を壊されたり大怪我を負わされた人たちは、それでもザックがやったとは言わないにゃん。被害届けもでないにゃん。だからギルドではそのことでは何もいえないにゃん。正直他にも中にはあまりに不自然な事故死や蒸発もあるにゃんが、証拠がないから何も出来ないにゃん」  つまり限りなく……というか明らかに真っ黒だが、証拠というものがなくてグレーになってるという形か。 「さらにもう一つ、ここからが重要にゃん。ザックには厄介な後ろ盾がいるにゃん。噂ではここから東のイーストアーツを任されてる伯爵がそうにゃん。つまりザックに逆らうということは伯爵に逆らうのと一緒と考えられてるにゃん」  ……なるほどな。  てか貴族とか全く厄介な事だな。 「だからヒットにゃんも本当に気をつけるにゃん。冒険者の中にもザックの逆鱗に触れて消されたのも多いときくにゃん」 「……あぁ気をつけるよ。ところでザックはこの街を拠点に動いているのか?」   「そういうことでもないにゃん。基本的には自由に動きまわってるにゃん。ただバックの関係で呼ばれた時は色々影で動いてるとも聞くにゃん」    なんだよ影って……まぁとりあえずはこの街に留まってるというわけでもないんだな。俺の事を探しまわってる様子もないか? あったら何かしら反応があるんだろうけど、今のところそんな気もしないしな。    まぁ気にしても仕方がないか。この街も広いし気をつけてればなんとかなるだろう。  第一他の街に移動してる時間もないしな。メリッサを正式に奴隷とするのが先決だ。  てかその話を聞いたらメリッサが心配になったな。  俺はニャーコに一応ザックがいないか確認をとってもらった上でその部屋を出た。 「ご主人様お疲れ様です。それで依頼の方は如何でしたか?」  俺がギルドのカウンター前まで戻るとメリッサが弾けたような笑顔で出迎えてくれた。  ニコニコの笑顔にやっぱ癒される。  みたところ何も問題はなさそうだな。 「あぁ中々だったよ。メリッサも頑張ってくれたしな」 「そんな私など大して――」  遠慮がちに手を振るメリッサ。でも口端は緩んでるな。  こういう控えめなところもメリッサの良いところではあるんだけどな。 「よぉ昨日ぶりだな。この子はあんたの連れだったのか」 「え? あ、モブさん」  誰かと思えば昨日色々と教えてくれたモブさんだった。よく会うな。といっても二度目だけど。 「ご主人様のお知り合いの方だったのですね」 「あぁ、俺が新人ということで色々とご教授頂いていたんだ」 「え? ご主人様もですか。実は私も色々と親切に教えてもらいまして」  うん? そうだったのか。それで近くにいたわけだな。 「所在なさげにしていたからな。ちょっと色々と話していたんだが、この子は随分と物覚えがいいな。冒険者にするつもりはないのかい?」 「いや考えてもいるがとりあえずはまだ様子見だ。でもいずれ登録する時もあるかもしれない。その時はまた色々ご教授いただけると嬉しいかな」 「よせやいさっきから。ご教授なんて大したもんじゃないさ。まぁでも俺で判ることならいくらでも教えるさ。っと、いけねぇ俺もそろそろいかねぇといけないんだった。それじゃあまたな」  そういってモブはまたどこかへ言ってしまった。 「良い方ですねモブさん」    そうだなモブなのにな。 「さてメリッサ。そろそろ昼を食べにいくか。流石にお腹が減っただろう?」 「はい! ご主人様。あ、ところであの件はもうお話になられましたか?」  うん? あの件ってなんだ? ちょっと思い出せなくて頭を捻ってるとそれを察したようでメリッサが教えてくれる。 「昨日装備品を売りにいった時のドワンさんの件です。確か依頼の件でお願いされていたと思ったので――」    ドワン……あぁそうだ! 危ない危ない。色々ありすぎてうっかりしてた。  メリッサがメモを見てるし、それに助けられたな。  俺はカウンターに目を向けてニャーコがあいてるのを認めて話しかける。 「装備屋のドワンにゃりか?」 「そうだ。昨日店に行った時に確認されてな。鉄鉱石と火と土の魔鉱石を運んできて欲しいと頼んだそうだが、まったく無しの礫でどうなってるか知りたいそうだ」  俺がそう告げると小首を傾げながら紐で括られた依頼書の束を取り出して捲りだすが―― 「おかしいにゃりね。やっぱりそんな依頼は来ていないにゃん。本当に依頼したにゃりか?」 「そんなことを俺に訊かれても困るな。俺は確認を頼まれただけだ」 「う~んそうにゃりよね。だったらちょっと待つにゃん」  そういってニャーコは奥に引っ込んでいく。どうやら他の受付にも確認してるようだが。 「やはり来ていないにゃん。ヒットにゃんできれば誰に依頼したか訊いてきて欲しいにゃん。それとなんならヒットにゃんがその依頼を請けて窓口までもってきてくれてもいいにゃん」 「はぁ? 俺が? てかそんな事していいのか?」 「いいにゃん。寧ろ冒険者の営業は大歓迎にゃん。仕事を受注してくれば評価も上がるにゃん。あ、でもギルドに黙って仕事をするのは駄目にゃん。気をつけるにゃん」  営業って……そんな考え方もしっかりあったのか。  俺はそのことに驚いたが、まぁ乗りかかった船だしな引き受けることにした。  空の依頼書も手渡された。これに記入してサインかハンコをもらってくれば受注となるらしい。  てかハンコもあるのか……いやゲームではスタンプ機能もあったからその流れか――  まぁでもとりあえず俺はメリッサに言って先に食事を摂ることにした。  何せいい加減おれも腹が減ってきたし。ドワンはまだ大丈夫とも言っていたしな。  とにかく先にランチ(といってももう午後2時を過ぎてるんだが)だ。
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