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第30話 隠れ家的宿屋はちょっと……ヘン?
「確かに私のメインの仕事はヒット様も知ってのとおりですが、こちら側にも顧客はおりますからね。時折こうやって街をまわっているんですよ」
俺はホテルから少し離れた路地までメリッサと移動し、改めてこのライトとシャドウの名を使い分ける男と話をした。
馬車はホテルの駐車場みたいなところに止めたままだが、少しぐらい大丈夫だろう。
それにしてもこいつなんで名前を知ってるんだ?
「俺はあんたに名乗った覚えはないんだけどな」
「あぁ、それぐらいでしたらすぐに調べることは可能ですよ。今もいったようにメインは裏の商売ですからね」
シャドウは、ふふっ、と薄い笑みを浮かべながら応える。
……まぁよく考えて見ればあの情報を売ってくれた門番にも名乗ってるしな、調べるのは難しくもないか。
「ところで如何ですか調子の方は? 私をご利用するぐらいの稼ぎはありましたでしょうか?」
「いや、お前と出会ってまだそんなに経ってないだろ……」
そもそも資金は減る一方だしな。
ただ……今ならこいつのいっていた事も理解できる気がする。
商売相手は冒険者も多いといっていたが、他にも金をどうにか誤魔化したいという連中は巨万といるはずだ。
何せこの領地の制度は滅茶苦茶だ。銀行も当てにならないどころか搾取に加わっている始末。
そうなると表には出ない金が欲しくなる。つまり脱税みたいなものだ。
冒険者だって、手に入れたお宝をまともに売っていたらすぐに銀行に知られ、金利として持っていかれるかもしれない。それならば裏でシャドウに売ったほうが自由な金が手に入る。
当然この男に売却した事は表には出てこないはずだからな。
そうでなければ利用者は出てこないだろう。
「そうですか、いやあのような高級なホテルから出てこられるぐらいですから、きっとそれなりの稼ぎがあったのではと思いましてね」
くっ、嫌味にしか聞こえないぞ!
「あそこは、一体いくらかをちょっと試しに見に行っただけだ。流石に高すぎてやめたけどな」
「おや? そうなのですか? お金はあるけれども逃亡奴隷を連れては泊まることが出来ないから、あきらめたのかと思いました」
俺は瞬時に表情を切り替えこのシャドウを睨めつける。どういうつもりだ?
「おっとそんな怖い顔はなさらないでください。私も裏で仕事をする身。勿論他言は致しませんし、なんでしたら助けにもなりますよ?」
右手を振り上げながらそんな提案もしてくるけどな。
「ち、違います! 私はまだ逃亡奴隷ではありません! まだ明日まで猶予はありますし、ご主人様は私の為に――」
「メリッサ!」
俺は彼女に首を巡らせ、語気を強めに注意する。
するとメリッサも気づいたように慌てて両手で口を塞いだ。
「ふむ、猶予ということは……もしかしてヒットさんはこの奴隷を助けたか何かで、しかもすぐに引き渡さないという事は――購入を考えている、そんなところでしょうか?」
こいつ今のでそこまで判ったのかよ。俺はとりあえず何も言わないが薄い笑みを浮かべて看破したみたいな顔を見せてやがる。
「しかしこれだけの奴隷を購入されるのは簡単ではないのではないですか? これだけの美貌とプロポーションをお持ちなら今なら相場で三〇〇万ゴルドぐらいはするかと思いますが」
三〇〇万? 流石にそこまではしないみたいだけどな。メリッサの話だと一五〇万だ。
奴隷の金額にはそこまで明るくないのか。
……まぁいいか。
「俺からは何も答えるつもりはないぞ。それにあんたには関係のない話だろ?」
「う~んそうですね。ただ入り用ならお金をお貸しするのも吝かではないですよ」
「……念のために聞くが無条件で貸してくれるわけじゃないよな? 当然」
勿論俺もそんな物に手を出すつもりはないが、一応確認してみる。
「確かに何の見返りもなくというわけにも……ただ五日で一割程度ですし、そこまで悪い話ではないと思いますよ」
微笑を浮かべて何でもないように言ってはいるが……五日で一割って一〇日で二割って事だろ! 一月寝かせたら五割超えるじゃねぇか! 十分阿漕だろ! ヤミ金か!
「話にならないな。そんな高い利息払ってまで借りる気はない」
メリッサも表情を落として不安そうにしてるしな。
安心しろ流石にこんな暴利なところから借りる気はしない。
「そうですか? 残念ですね。冒険者の方は一回の依頼で結構稼がれる方も多いので、重宝してもらってるのですが」
……借りてる奴いるのかよ。
「ふう、てかこんなところであんたと話してる場合じゃないな。こっちは早く宿を探さないといけないんだ」
「おや? 宿ですか? ……はは~ん」
細目に皺を寄せて、悪戯っ子みたいな笑みを浮かべてるな。
一体何を思いついたんだか……
「もしかして泊まれる宿がないとかでしょうか? 逃亡奴隷ではないとはいえ契約もせず奴隷を連れ回してるわけですしね」
……まぁそれだけじゃないんだけどな。
「それでしたら、もし宜しければいい宿をご紹介しましょうか?」
「どうせタダじゃないんだろ?」
俺がそう返すと、いえいえとシャドウは右手を振って胡散臭い笑顔を見せる。
「宿を教えるぐらいで何かを得ようなどと、そこまで厚かましくは無いですよ。それに、いずれいいお客さんになるかもしれませんからねヒットさんは」
いいように思われている事に俺は思わず眉を顰める。
が……銀行の事実を知った以上否定もしきれないのが悲しいとこだな。
「教えてくれるっていうなら嬉しいところだが、俺は別にメリッサがいるから宿を取れないってわけじゃない。ただ奴隷だからと扱いが悪い宿には泊まりたくないだけだ」
ほぉ、と細い目をこじ開け、シャドウが興味深そうに俺とメリッサの顔を見てくる。
「なるほどなるほど。でもそれでしたら尚の事ピッタリですね。そこは立場や過去など一切不問で泊めてくれますので。もちろん余計な詮索もしてきません。そのかわり他の客の事を調べたり聞いたりするのもご法度ですけどね」
……どことなく怪しい気もするが、この場合それぐらいのほうが気兼ねなくていいか。
「風呂は付いてるのか?」
「一階では湯浴み場も一緒に経営してますからね。宿を取ればそこは自由に使えます」
個室にはついてないようだが、話を聞くには奴隷だけで入っても何も言われないそうだ。
場所は西南の街路を走り中程から路地に入った先……簡単な地図も描いてくれたがすぐ裏がスラムだな。
まぁこの際贅沢も言ってられないが。
「……情報ありがとうな」
「ご親切に本当にありがとうございます」
俺がお礼を言うとメリッサも後に続いて深々と頭を下げた。
どんな魂胆があるにすれ、情報をタダで貰った以上お礼ぐらい言わないと仕方ないしな。
「いえいえ。そうだ店のママには私から聞いたといえば話が早いと思いますよ。それでは私はこれで、あ、取引にこられるのをお待ちしておりますので」
そういって一揖し、シャドウは俺達の前から姿を消した。
利になる情報を与えすぐに去るか。
これで俺は今度奴にあったら無視ってわけにもいかなくなったな。
もしかしたらあいつは、そうやって目ぼしい相手に貸しを作って顧客を増やしているのかもしれない。
まぁいいか。折角教えてもらったんだ。十分有効活用させてもらおう。
俺はメリッサとホテルの駐車場に戻って馬車に乗って宿に向かう。
既に外は大分薄暗いしな。魔導器の灯りは大きな通りは照らしているが、路地にまでは行き届いていない。
スラムが近いし急いほうが良さそうだ。
◇◆◇
シャドウから教えてもらった宿は、最初どこにあるかさっぱり判らなかった。
路地としてもドワンの店周辺とあまり変わらず、時間が時間だけに薄暗い雰囲気もあって一人で出歩くには躊躇われるような場所でもある。
そんな中の随分と年期の入ったビルのような建物が、シャドウの言っていた宿であった。
一応石造りではあるのだが、所々罅は入ってるし、苔なんかもこびり付いている。
贅沢は言っていられないがお世辞にも綺麗とは言えない宿だ。
その上この宿には全く看板がない。湯浴み場を経営してるといっていたのを思い出し、煙突だけを頼りに見つけた形だ。
しかもこの建物、入口も相当に分かり難い。正面ではなくその脇。隣の建物との間の細い道を抜けた先に一階部分の入り口があり、どうやらそこがお風呂を利用したい客専用の入り口らしい。
宿の方の入り口はその隣にある階段を上って二階部分にあった。
それを見てから一度戻り馬車の事を考える。
シャドウの話では馬車を止めるスペースもあるとの事だったが、どこかが判らない。
「ご主人様。私が見ておりますので――」
メリッサがそういって俺にチェックインを済ましてくるよう促してくる。
むぅこんなところにメリッサ一人待たせるのも不安だが、武器があるから大丈夫ですと譲らない。
どっちにしろこのままというわけにも行かないのは確かだが……仕方ない。とにかく即効で馬車の止めれる馬車を訊いてくるから、何かあったらすぐに叫んでくれ、と告げダッシュで宿の二階へ。
階段も狭かったがフロント? ともとてもいえない感じの中々小汚いフロアの奥に小さな木製カウンター。
で、その中で一人の恐らく女が――突っ伏したような状態でぐ~ぐ~寝ていた。
……なんなんだこの宿は? 色々と不安が募るが今更キャンセルは出来ない。
ここで諦めたら間違いなく今日も野宿だ。
「あの、すみません」
「…………」
返事がないただの屍のようだ――て! いってる場合じゃないな。
しょうがない起こすか。てかこの人なんでこんなネグリジュみたいな格好してんだよ……
まぁとにかく俺は彼女の肩にふれようとするが――その瞬間ガバっと頭を起こし、右手で掴んだナイフを俺の首筋に押し当ててきた。
マジで何ここ?
「このあたいの寝込みを襲おうとはいい度胸してんな? 殺されたいのか?」
……どこの傭兵さんだよこの人――
「俺、客としてきたんだけど……」
「客ぅ?」
訝しむように眼力を強め睨み上げてくる。いやナイフの力強めるなよ。
「俺が声かけても起きないから、ちょっと揺すろうと思っただけだよ。てかここ宿なんだよな? シャドウに教えてもらってきたんだが……」
俺がその名を出すと、女は急に力が抜けたようになってナイフを下げ。
「な~んだシャドウの知り合いか。それなら早くいえって~」
……言う暇なかっただろ、てかお前寝てたんだし。
「で? 要件は?」
「客だよ! 泊まりにきたんだよ! 決まってるだろ? ここ宿屋なんだよな?」
「ん? あぁそうだそうだ。今は宿屋だった」
今はって前はなんだったんだよ……しかし改めて見ると肩まである黒髪はボサボサ。
ナイフを突きつけていた時とは打って変わって、すっぴんのやる気のなさそうな顔。
おまけに黒いネグリジェぽい姿。生地も薄く肌もバッチリ見えてる。
なんだか凄いな……この宿の主なのか? そういえばあいつもママって言ってたしな。
それにしても全体的にずぼらな感じにも思える。
年は三〇中頃ぐらいか? すっぴんだが顔立ちは悪くないな。化粧してバッチリ決めれば映えるかもしれない。
ただ色んな面が残念すぎる。
「それで部屋の希望ある~?」
「その前に馬車を何とかしたい。シャドウから止めれるスペースはあると聞いてるが?」
俺がそう伝えると、あ~そうだね~、と間延びした声を上げボリボリと頭を掻く。
……本当に残念だな。
「一階の正面から入れるから適当に入れといてよ~」
「正面? 馬車を入れるとこなんて見当たらなかったぞ? てか連れの女性を馬車の前で待たせてるんだ。何かあったら物騒だから出来れば早めにお願いしたい」
「連れってあんたの女か~い?」
「……答える必要あるか?」
基本客に不干渉なんじゃないのか?
「んにゃ。ただ聞いてみただけさね~いいたくないことは言わなくていいし、余計な詮索はしないから安心しなよ~まぁでも何かってそんな心配しなくて大丈夫さ~この辺りそこまで危険じゃないし~女なら精々先っぽ入れられるだけだってね~」
いや右手を上下に振りながら、なんてこと無いみたいに言ってるけど十分問題だろそれ!
「とにかく早くしてくれ!」
「せっかちだな~夜もそうなの~?」
「は・や・く・し・ろ」
俺が念を押すとようやく彼女は動き出し、じゃあ正面で待ってて~、というから俺はメリッサの下へ戻る。
……しかし本当に大丈夫かこの宿?
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