3801人が本棚に入れています
本棚を移動
/314ページ
第5話 セントラルアーツの街へ
とりあえずは悩んでいてもしかたがないので、メリッサと街に向かうこととした。
彼女は終始申し訳無さそうな顔をしており、概算の金額を弾きだした事で、
「やはり無茶でした。私の為に折角の財産をなげうたせるわけにはいきません。諦めますので――」
等とも言いだしたが、ここまでくると俺にも意地がある。
とにかく金はなんとかするとメリッサに断言し、ついでに奴隷になってもらう上で一つだけ願いを言わせてもらうと切り出し、出来るだけ笑顔でいてくれ、とお願いした。
彼女はその言葉にきょとんとしていたが、あまり気を落とされ続けられていてもこっちも気が滅入る。
それに、まぁメリッサの笑顔は見てて癒やされそうだったしな。
それをそのまま告げたら頬を染めて恥ずかしそうにしてたけど。
あ、でもその感じはちょっとグッと来るものがあった。
ちなみに金に関しては適当にいったわけではない。
まぁ可能性ではあるし、それは最終手段のようなものだけどな――正直あまり頼りたい手ではない。
まぁそんなわけで街へ向かうこととなったわけだが――
てか、そもそも彼女はかなり優秀だ。
街に向かう話となって、馬車も拝借する事にしたが、よく考えたら俺は馬術に疎い。
つまり馬車を操ることなど出来るはずもなかったのだが、それをメリッサはあっさりやってのけた。
どうやら普段から商人の主人の代わりに彼女が手綱を取ることはよくあったそうだ。
そういえば御者台も二人乗りである。
主人からしたら、隣にメリッサのような美しい奴隷を乗せて自慢したい思いだったのだろう。
ゲームでも奴隷は戦闘の補助という意味合いだけでなくステータスとして連れているのも多くいたしな。
まぁそんなわけで、結果的にメリッサに頼る形で馬車で森を抜け、街まで続く街道をひた走る。
途中何台かすれ違う馬車はいたが、それ以外はとくにこれといった問題もなく、夕刻の少し前ぐらいに街に辿り着いた。
セントラルアーツの街はゲームでもそこそこ規模の大きな街であったから、ゲームに慣れ、成長した中級プレイヤーが集う街として人気だった。
街の中央は広場になっていて、そこに大きな噴水が設置されている。
その噴水は常時吹き上がる水の中に、設定上では魔法の力で時計が陽炎のように浮かび上がる仕組みとなっていた。
道具などの店もひと通り揃っていた、拠点にしやすい街であったな。
街の背には小高い丘が聳え、その上に領主の住む居城が存在する。
街はファンタジーで定番の城壁に囲まれていて、入り口の門は東西南の三箇所にある。
北門に関しては領主の館に繋がる道があるため、一般開放はされていない。
門の前には門番の衛兵がふたり立っていた。
コックのような円筒形の兜を被り、チェインメイルで身を固めている。
手には其々槍が握られ、石突を下にして穂先で天を突いている。
ここまでは正直ゲームとほぼ一緒だ。
ただ、ゲームでは門を通るのはフリーパスであったが、リアルとなるとそうはいかないようで、先に門の前に並んでいた馬車が数台、証明証のような物を見せ荷物のチェックを受けた後、中へと入っていっていた。
そして当然だが、俺達の番がきて同じようにチェックを受ける。
「ここはセントラルアーツだ! 街に入るなら許可証か身分を証明できるものの提示を求めている! また積み荷がある場合はそのチェックも行う!」
随分と偉そうな衛兵だ。見た目には三〇代ぐらいか。骨ばった顔をしていて背が高い。
「お伝え申し上げます。我が名はメリッサ。主であるトルネロ・サンドリー男爵にお仕えし、商品である樽酒の納品の為、同道し旅を続けておりましたが、途中盗賊に襲われ護衛の冒険者含め憂いな結果と相成りました。私も危うく盗賊の手に掛かり命を失うところはありましたが、ここに在すヒット様の助けによって、事なきを得ることが出来ました――」
メリッサは俺が話すより一足先に、衛兵の男に申し上げをし、簡単な経緯を説明してくれた。
話の内容的には盗賊を倒したこと、また主が死亡した事によるメリッサの保護の為、動いてくれているので、ある程度融通を利かせて欲しいと、そういう事だ。
妙に堅苦しい話し方なのは、自分が奴隷であるという自覚故だろう。
奴隷であることなんてわざわざバラす必要があるのかとも思ったが。
そもそもメリッサの腕には隷属器である腕輪が嵌められている。
主人の持つものとは違って、奴隷に与えられる隷属器は奴隷の証となる紋様が施されており、傍から見てもすぐにそれと判ってしまうらしい。
だからまぁごまかしても無駄ってわけだな。
「話は判った。それで貴様、名は何と言う?」
いきなり貴様扱いか。ゲームではフリーパスではあったが話しかけることは出来た。が、もっと穏やかだった気がするけどな。
まぁいいか。こんなとこで腹を立てていても仕方がない。
「俺の名はヒット。旅人だ。今彼女がいったように偶然盗賊に襲われているのを発見してな。そこを通りがかった俺が助けた形だ。商人のトルネロと護衛の連中は俺が見つけた時には既に事切れていた。残念なことをしたよ。当然そんな身の上だから許可証というのは持ち合わせていない。風の向くまま気の向くままの気ままな旅を続けてきたからな。身分を証明するものも持ってはいないんだ」
俺は両手を広げながら、肩をすくめるようにして言う。つかみどころのない旅人を演じてみたが、相手の反応はあまり良くない。
いかにも訝しいものを見るような目を俺に向けてくる。
「ヒット様は確かに身分証こそ持っておりませんが、私を助けてくれたうえこうやって荷まで運ぶのを手伝って頂けました。どうか通行の許可を」
そこへ間髪いれずメリッサのフォロー。衛兵は顔を眇める。
「俺は確かに風来坊な旅人だったが、この街では冒険者として登録しようと思ってる。腕にも自信はあるつもりだ。それに惜しくも亡くなってしまった冒険者達の事もギルドに伝える必要があるしな」
俺がそういうと、衛兵が顔を見合わせ一言二言話した後。
「なるほど冒険者か。まぁそういうことならな。盗賊を倒したぐらいなら腕もあるのだろう」
ふぅ、と俺は心のなかで安堵する。やはり冒険者が鍵だったか。
ゲームでは当然、全員冒険者として登録されていたからな。
ログインする最初の街でも一番初めは冒険者ギルドに案内されチュートリアルを受けた。
ただこの世界にきたことで、ギルドへの登録履歴は完全に消えてるぽいな。
そもそも冒険者証というのはゲームにはなかった。
ゲームではステータスに冒険者ランクは表示されたけどな。
しかしゲームがリアルになった世界では冒険者証というものが必要になった。
俺の履歴はその影響でなくなってるのだろう。
また一からやり直しという事になるがそれも仕方ない。
「判った街への通行は許可しよう。ただし通行料は頂く。それと馬車の中は改めさせてもらうぞ」
やっぱりか――まぁとりあえずそれには首肯する。
すると衛兵が馬車の後ろにまわり積み荷の確認を行う。
「ん? おい酒樽だけか!?」
叫ぶような声。俺に向けてきた顔は怪訝なものだ。
「その持ち主が運んでいたのは酒だからな。中に納品証も入っているだろう? 得に問題無いと思うがな」
「しかし盗賊に襲われていたのだろう? 本人の持ち物と護衛の冒険者の持ち物があっただろう」
「持ち物? 残念だが盗賊に襲われたせいで破損が酷くて使い物にならないのが多くてね。酒以外は何も持ってきていないんだ」
俺がそういうと衛兵はぐぬぬっ、と唸りだした。
この様子を見るにメリッサの言ったとおりだな。
事前に聞いていたことだが、荷物のチェックを受ける際、その中身次第では通常のとは別に法外な通行料を税としてとられる事があるらしい。
特に今回の俺のような、素性も判らない男の場合は如実にそれが現れるらしいな。
メリッサの話だと特に貨幣が見つかるとまずいらしい。
この辺りの裁量は衛兵によってまちまちなようだが、場合によっては根こそぎ半分徴収されることもあるとか。
流石に俺としてもそれは勘弁願いたい。
だから手持ちのバッグも見つからないように隠していたわけだけどな。
「ん……? よし、最後にこの餌入れも確認させてもらうぞ!」
あ、やべ。メリッサも顔を強ばらせた。
チッ、仕方ないな。俺は衛兵に近づく。
「そんなところをみても何もありませんよ」
「そんなのは俺が見て判断する!」
言って馬車の下に設けられた引き出しのような部分を引く。
中には餌となる飼葉が詰められているが、それを衛兵が掻き分け――
「ん? おい貴様! なんだこのバッ――」
「キャンセル」
「……ん?」
俺がそれを発動すると、衛兵がきょとんとした顔で俺の顔とバッグを交互にみやる。
「どうかしましたか?」
にっこりと微笑んでいうと、衛兵は目を白黒させながら、いや、と口にし顎に指を添えた。
その様子を眺めながらも俺は飼葉入れを閉め。
「もう確認はいいかな?」
そう問いなおした。
「……あ。あぁそうだな。確かに荷はそれだけのようだ。とりあえず通行料は貰うぞ。奴隷と合わせて一〇〇〇〇ゴルドだ」
俺はそれを素直に払い、メリッサと馬車に乗り込み門を抜けた――
最初のコメントを投稿しよう!