第6話 キャンセルの使い方

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第6話 キャンセルの使い方

「もしかしたらバレるかもと思って冷や冷や致しました」  門を抜け馬車を走らせていると、御者を務めてくれているメリッサが胸を撫で下ろすようにして言ってきた。  谷間の目立つ胸元に彼女の白くて細長い指が添えられると、どことなく扇情的に思えてドキドキする。 「でもどうしてあれを無視されたのでしょうか? 気づいてなかったわけではなさそうですが――」  顎に指を添え不思議そうに唸る。  だが俺は、 「さぁ? 所詮バッグ一つと気にもとめなかったんじゃないのかい?」 と誤魔化す。  勿論実際はそんな事はなく、これもキャンセルの効果だ。  そもそもキャンセラーの扱うキャンセルスキルには、単純な戦闘時のキャンセル以外にも実は色々と種類がある。  今回使ったのはその中の一つ。会話キャンセルだ。  まぁ読んで字の如し、このスキルは会話をキャンセルする。  何を言ってるのかという感じだし、俺も正直リアルではどういう効果があるのか判断がつかなかったんだけどな。  因みにゲームではこの会話キャンセル、NPCとの会話中などに使うことで会話そのものがキャンセルされ、会話画面から解放されるという効果があった。  ゲームでは一度NPCと会話をすると、そのまま会話が終わるまで本来はコマンド操作を受け付けなくなる。  勿論会話自体はボタンで省略は可能だったのだが、通常キャラではキャンセルは無理だった。    その為、会話の長いNPCを間違ってクリックすると省略できるとはいえちょっとうざかったわけだ。  それをこのキャンセラーはキャンセルができる。本来会話中にコマンドは受け付けないが、この会話キャンセルだけは出来たのだ。  そして会話キャンセルを使うとその瞬間に会話画面が消える。  それがこのスキル。  なので今回衛兵に見つかってしまったのもあり、こうなったらと実験の意味も含めて使ってみたのだが――予想以上に使えるスキルに昇華してたな。  どうやらこのスキル、命のあるこの世界においては、ただ会話だけをキャンセルするのではなく、その時にしようと思っていたこと、というかその感情そのものをキャンセルしてしまうようだ。  記憶を消すとかではないのはあの戸惑い方でなんとなくわかった。  ただバッグを見つけ調べようと思っていた感情が完全に消え去った感じ。  だから本人もどことなく戸惑いを覚えていたのだろう。  まぁどちらにしてもこのスキルの変化は嬉しい誤算だな。今後も何かと使えるかもしれない。  まぁでもやっぱ感覚的には意地の悪いスキルだ。ゲームでもキャンセラーが嫌われる要因になっただけある。  NPCとの会話をキャンセルする――それだけならこのスキルが嫌われる事もなかったんだろうけどな。  実際はこのスキルゲーム中のチャットもキャンセルした。    個人限定ではあるけどな。対象にスキルを使うと使われた相手が打った文字が消えるのだ。  おかげでただ嫌がらせのためだけにキャンセラーを使うというのも現れて困ったものだった。  勿論俺はそんなくだらないことはしなかったけどな。ただそのせいで暫くキャンセラーそのものが嫌われていた事があったがね。 まぁそんな事を思い出しながら、御者台から街の全貌を眺める。  ゲームとは当然視点が違うが、基本的構成は一緒のようだ。  道すがらメリッサとも話をするが、一般向けの門はやはり南と西と東に一箇所ずつ。  今馬車が走っているのは南門から続いている石畳の馬車道だ。  道はいわゆる片側二車線というもので、馬車道とは別に歩道も設けられている。  魔導具というのがある程度発展しているため、街路には等間隔で細長い円柱が設けられ、先に魔導灯というのが吊り下げられている。    夜になるとこれが灯り、道を照らしてくれる形だ。  街並みは、いうなれば中世ファンタジーそのままといったところで、木造や石造りの家屋がずらりと並んでいる。  建物一つ一つの作りは似たものも多いので、みようによっては建売住宅が並ぶ住宅街のようですらある。  ここアーツセントラルは噴水がある広場を街の中心として東西南北と、それぞれの間に一本ずつ今馬車で走っているような大きな道が合計八本存在する。  北側は基本貴族区とされ、それなりの地位を誇る、まぁいわゆる金持ち連中が住んでいて、南側には平民が暮らしている。  その為北側は並ぶ店も格式の高い立派な物が多い。  南側は逆に庶民的な店舗や市場が設けられている。  ゲームでは死んだ際の復活地である教会は、街の西門側、貴族街寄りの方に建てられていた筈だ。  教会の鐘は二時間に一回鳴らされている。  まぁ時間に関しては広場にいけば噴水に浮かぶ時計でわかるし、魔導具での時計もインテリアとして売っていた。  ゲームでもあったのだから、当然ここでも置いてあるだろ。  一応ゲームでは土地を買ったり家を買ったりも出来たはずだ。  貴族区は土地が広く立派な屋敷も建てる事が出来て、ある程度レベルと資金が溜まったプレイヤーには人気だった。  逆に平民区では殆ど土地があまっておらず、既存の建物の部屋を間借りするという形であった。  その分費用は安く住むため、とりあえず自分の部屋が欲しいってプレイヤーには人気だったと思う。  まぁ俺に関しては暫くは宿ぐらしになるだろうけどな。  とにかく先ずは奴隷の購入費を稼がねばいけないし。 【改ページ】 「商人ギルドは東門側の方だったよな?」 「はいご主人様。そのとおりで御座います」 「そうか……って! は? ご主人様ぁ!?」 「はい。私よく考えてみたのですが、奴隷として購入して頂けるというなら、やはりここはご主人様が一番ではないかと」 「いやいや。それは既に言っただろう? ヒットとか名前でいいよ」 「いえ。それだとやはり街なかでご主人様の品位が疑われる事になります。それに私はご主人様の事をご主人様と呼ばさせて頂きたいのでございます」  メリッサは随分と真剣な目で言ってくるな。  そもそもまだ俺は購入していないから、ご主人様もクソもないんだが……こういうところは強情にも感じるしな―― 「仕方ない。ご主人様でもなんでも好きに呼んでくれ」 「はい! ありがとうございますご主人様」  一体何がそんなに嬉しいんだか……まぁでも見目麗しい美少女に、ご主人様といわれるのは悪い気もしない。  それから更に馬車は走り、中央広場の噴水のところに差し掛かった。  噴水に浮かび上がった時計を見ると午後の3:00を指し示している。  と、なるとこのメリッサを助けたのは午前の10:00前後といったところか。  ちなみに時の数え方も暦も基本的には俺のいた世界と一緒のはずである。  ただ月火水木金土日という週の考え方だけはない。まぁ月日というのはあるけどな。  ちなみにメリッサと話していて判ったのは、今は四月の四日ということだ。  まぁとりあえず馬車は進路を変え南から東へ折れる。  そのまま進み、二〇分程進んだところで商人ギルドに到着した。  赤レンガの建物でへの字のような屋根を持つ。  それなりに立派な建物で幅も奥行きもあるな。  まぁゲームでも見てたけど。  看板には羽ペンと帳簿のデザインが刻まれ、商人ギルドという文字も彫られている。  商人ギルドの横には馬車置き場が備わっているので、そこに止めて馬を繋ぎ止め、メリッサとふたりでギルドの正面入口に回った。  焦げ茶色の中々洒落た扉をくぐり抜けると――戦場のような忙しさで駆けまわるギルド職員の姿が視界に飛び込んできた。    横長のカウンターの前では、列を作った商人と思わしき人々がズラリと並んでいる。  こんな光景は流石にゲームではまれだったな。  ここ商人ギルドはその名の通り商人の為に作られた協会で、商売を興したいものは先ず最初にギルドで商人として登録する必要がある。    また店を持ちたいなどの時も手続きが必要で、何を売るのかなどをゲームでは聞かれたとおりに答えていく形であった。  ただリアルでは書面に記入したりなど役所的な手続きも多くなってるようにも見受けられる。  ちなみにこの商人ギルドは領主に任され土地の管理も一手に引き受けている。  その為ゲームでも屋敷や土地の購入時にはここ商人ギルドを訪れる必要があった。  そして見る限りそれはここもかわらないらしい。  まぁそれはそうとしてこの行列にはウンザリだな。ここに並んで待つだけでどれぐらい掛かるかわかったもんじゃない。 「ご主人様。沢山並んでいるのはギルド登録や店舗の申請関係の担当の列です。ご主人様の積み荷の所有者変更であればこちらの列で可能です」  メリッサが教えてくれたので、カウンターの端のほうへ移動する。  確かにそこは並んでいる人数が五、六人程でこれならばそこまで待たなくても良さそうだ。  俺はメリッサとこの後の事を話しながら並んで自分の番を待った。  そして後一人が終われば俺の番って段階になり。 「はいはい、ちょっと失礼するよ」 「…………」  なんかデブが一人割り込んできやがった。 「ご主人様これは……」 「あぁ割り込みだな。随分と堂々とした」  因みに俺の後ろには新たにやってきた人が更に四、五人並んでいる。こいつはそれも無視して横入りしてきたわけだ。 「おいあんた、皆並んでるんだから割り込むなよ」 「……」  デブは何も言わない。なんだこいつ? 「おい、あんた止めておきなよ」  と、そこで後ろの人物が俺に耳打ちをしてくる。 「なんでだ? お前たちだって腹が立つだろ?」  俺は苛々を募らせながら、振り返り尋ねた。 「あんた知らないのか? その方はボンゴルといって、この街でも有名な大商人の一人だ。かなり大きな武器と防具の店を経営していてな。領主様にも顔が利く。逆らうと色々大変なんだよ。ここは我慢しておいた方が身の為だぜ?」 「ボンゴル!? そ、その名前はトルネロからも聞いた事があります……かなり強引な手段で店を拡大していて、気に入らないものは全力で潰すとか……ご主人様ここは――」  メリッサが心配そうに俺を見上げてくる。  するとボンゴルが俺を振り返りニヤッと汚れた笑みを浮かべた。 「まぁ今日の私は機嫌がいい。貴様がさっきいった無礼な言葉は聞かなかったことにしておいてやるよ」 「次の方どうぞ~」  おっと私の出番だ、とボンゴルが前に進む。後ろの奴が何故か、良かったなあんた、などと声を掛けてくる。  良かった? 何を馬鹿な。こいつがどれだけ偉い大商人か知らないが、そんな事で、はいそうですか、と納得する俺じゃない。 「これはこれはボンゴル様。いつもお世話になっております。それで本日はどのようなご用件でありましたでしょうか?」 「うむ。実はな――」 「キャンセル」  俺はそのデブの背中に向かって吠えるように言ってやった。   「……え~と実は?」  疑問符系の言葉を口にし、首を捻るボンゴル。  それに職員が不思議そうな顔を向けたが。 「用件が済んだなら横にずれてもらってもいいか?」  俺がボンゴルにそういうと、デブは丸くて粗悪な顔を俺に向け目を白黒させる。 「特にもう要件もないんだろ?」 「……あ、あぁ」  言ってボンゴルは席を立ち、そのまま店の外へと出て行った。  全くざまぁみろだな――
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