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第8話 冒険者ギルドへ
「え!? 六〇万ゴルドも支払ってくれたのですか!?」
俺が帰るとメリッサは随分遅かったですねと相当心配していた様子だった。
それもそうか。何せ軽く二時間以上は篭ってたからな。
いい加減様子を見に来ようか迷ってたそうだ。
危なかったな。出来ればあんな手を使ってるところを見せたくはない。
「それにしてもまた、どうして急に――」
メリッサがまた随分と不思議そうな目で俺に尋ねてくる。
まぁそれもそうか。本来の値で卸したなら精々二〇〇〇〇ゴルドだ。
それが六〇万ゴルドに変わったわけだからな。
「なに、よくよくあの契約書をみてみるととんでもない穴がみつかってな。それを指摘するとあの店が危ないぐらいのものでね。そこを突いたらあのマスター平謝りで、これだけ払うから許してくれといってきたのさ。俺も鬼じゃないからな。それで許した」
かなり無茶な話でもあるけどな、まぁメリッサならそれ以上追及もしてこないだろ。
「な、なるほど。でも流石ご主人様です! そのような契約の誤りに気づかれるとは! 奴隷としてこれほど誇らしいことはないです!」
なんか目をキラキラさせて予想外の反応だな――優秀とは思えるが、こういうところはちょっと危うい気もする。
「でも、六〇万ゴルドも支払ってあの店はやっていけるのでしょうか?」
人差し指を頬に添え可愛らしく首を傾げる。
まぁ全財産なくしたに近いしな。潰れるかもしれないが知った事かあんな店。
それにしてもここまで上手くいくとはな。
やはりキャンセルの効果は、バグも残ったまま反映されていたか。
何せ今回やったキャンセル、正式名称はクーリングオフでまぁ効果はリアルのそれと近いのだが、一度売り買いしたものを期間内なら自由にキャンセルできるのがこのスキルの強みだった。
ちなみに本来は購入した装備を使用し、気に入らない時にキャンセルできるという仕様だったんだが。
このスキルは、その返品に近いキャンセルひとつとってもかなりのもので、一応キャンセルできる期間は決まってるものの、その範囲であれば武器をいくら使用してもキャンセルが可能だった。
武器にはそれぞれ耐久度が設定されており、普通ならそれが減れば買取金額も減るのだが、キャンセルであれば、そもそも返品なので期間中であれば元の金額が戻ってくる。
これだけでも中々のものだが、もっとすごいのは売却キャンセルだ。
何せこのスキル、売却の場合はキャンセルを使用した瞬間売った筈のものは手の中に戻り、受け取ったお金はそのままだったのだ。
つまりこのスキルを使うと、金銭の無限増殖が可能だったというわけ。
これには流石に多くのプレイヤーから文句が殺到し、運営もこれがバグであることを認め、直ちに修正するというアナウンスも流れたぐらいだが――そんな時にあの総理からの隕石落下宣言が有り、最早バグの修正どころでもなくなり、そのままの状態で地球は滅亡したわけだ。
まぁそれでも、このスキルはNPC専用だったのがまだ救いだったけどな。
ただこの世界なら当然それが普通に人々へ使える。
そしてその結果が今回の所業に繋がっている。まぁここまでうまくいくかどうかは賭けでもあったけどな。
そもそも今回みたいな内容でスキルの効果が発動するのか? といった思いもあったが、何故か上手くいくような気がしてならなかったのも事実だ。
ただ当然だが俺はこのスキルは積極的に使おうと思ってはいない。
尤もメリッサの事もあったし場合によっては少しは試す必要があったかもしれないとも思っていたが。
そんな折にあの屑店主だ。これ幸いとしっかり試して儲けさせてもらったよ。
おかげでいくらやっても全く心が傷まないしな。むしろ、ざまぁ! て感じだ。
まぁでもおかげで恐らく資金は税金で支払った分と通行料を考慮しても九〇万ゴルド以上にはなるはずだ。
期間内の一五〇万ゴルドもこの調子なら難しくないかもしれない。
とりあえずはこのまま冒険者ギルドに向かって登録を済ませてしまおう。
そして残りの品も売却して今日は宿をとって終わりだ――
◇◆◇
冒険者ギルドは西門側の通り沿いになるので、酒場からはそれほど時間もかけずたどり着くことが出来た。
二階建ての石造りの建物で商人ギルド程の大きさはないが、まぁあそことは取り扱ってる規模が違うからな。
ただ冒険者ギルドの前には馬車を置いておけるところがないな。出来ればメリッサと一緒にいきたいところだが。
「ご主人様。馬車見にお願いすれば見張りをしておいて頂くことが可能です」
馬車見? と俺は小首を傾げたが、どうやら路上に馬車を止めておくときに、見張ってくれる職業の人物がいるらしい。
それは助かるな。俺はメリッサにどこにいるかと尋ねたが、すると彼女は手を振ってパンチング帽のようなものを冠った少年を呼びつけた。
どうやら彼がその馬車見らしい。しかしこんな小さな子で大丈夫か?
「何かあったらすぐ笛で呼ぶからちゃんと聞いてておくれよ」
なるほど。見てはいるが護衛とは別か。まぁ一時間五〇〇ゴルドらしいしな。
贅沢はいえないし、それだけでも随分と助かる。
俺は取り敢えず一時間分の銀貨を握らせ、メリッサと一緒にギルドに向かった。
ギルドはグリフォンのマークの刻まれた看板が掛かっている箱型の建物だ。
入り口は馬蹄形の扉でそれを押して二人で中に入る。
中は熱気が凄い。依頼を終え報酬を受け取ろうとしているもの、依頼書の貼られたボードにを眺めてるもの。
奥の円卓で集まり酒を飲んでるもの。
真剣に話をしているものとまぁ色々だ。
ちなみにギルドは酒の提供も行っているから酒場代わりに利用しているのも多い――というのはゲームでみた解説。
まぁそんなギルドだが、テンプレ通り正面のカウンターには受付嬢が並んで冒険者への対応を行っている。
商人ギルド程ではないが、やはり忙しそうだ。
既に日も落ち始めてるし、依頼を終わらせ戻ってきているのが多いのだろう。
俺はその中でも比較的空いているカウンターに並び、自分の番を待った。
「次の方どうぞにゃ~」
おっと空いたな。この担当はアニメっぽい声の可愛らしい少女だ。
制服ドレスは胸元の開いたもので、赤系の色合だ。
この子は頭から猫耳が生えているから獣人だろう。
ゲームでも獣人はいたしな。後はエルフも。
しかし――背は小さいのに胸は大きいな。顔も幼いからロリっぽいし、見る人によっては堪らないだろう。
「ご主人様――」
おっと! メリッサが少し軽蔑してそうな目を向けてきた! いや違うぞ確かに谷間をみてしまったが、それはあれだ、て何を慌ててるんだ俺は。
とりあえずコホン、と咳払いをし改めて受付嬢と話し始める。
「俺の名前はヒット。わけあって自由奔放な旅を続けてきたが、ここらで落ち着こうと思ってこのギルドに登録にきた。ここに来る途中このメリッサを乗せた馬車が盗賊に襲われているのを発見し、奴らを退治しこの子を助けたのだが、残念ながら護衛の冒険者達は既に死んでしまっていた。なのでその報告と盗賊の報奨金の受け取り、そして冒険者の装備品などの所有者変更も同時に行いたい」
俺がそこまでいうと、受付嬢が驚いたように目を丸くさせる。
「それはつまりにゃん。ヒットにゃんはまだ冒険者の登録もしていないにょに、盗賊を退治してしまったということなのかにゃん?」
どうでもいいが、やはり語尾はにゃんなんだにゃん。おっと伝染ってしまった。
「あぁそうだ。信用出来ないなら首を出そうか?」
ちなみに首はバッグに詰めてある。死体は入れても大丈夫だったからな。
「にゃんにゃんにゃん! こんなところで首を出されてもこまるにゃ! 後で査定用の部屋に案内するにゃ! だから取り敢えずはギルド登録を済ませるにゃん!」
両手を前に出して猫のポーズでそんな事をいう。
可愛らしいのだが手は普通の人間の手だった。
「それじゃあこの紙に必要事項を記入するにゃん」
しかしこの娘驚いたりしてる時を除けば、なんか常に楽しそうだ。
笑顔が絶えず常にニコニコとしている。
まぁムッとされるよりはずっといいけどな。コンビニでも、しかめっ面でお釣り渡してくる店員よりは、愛想でも笑顔で接してくれるJKの方がいいのと一緒だ。
取り敢えずそんなわけで、俺は渡された紙に記入していく。
内容は先ずは名前、これはヒットでいいな。
家名はないってことでいいだろ。旅人とかいってるわけだしな。
で、身長と体重は覚えている限りで、で――ふむジョブときたか。
「これは埋める必要があるのか?」
「あるにゃ。何か不明な点があるにゃんか? うん? ジョブにゃんか? ご自分のジョブがわからんにゃんか? そこはまだ降りてきて無くてもいいにゃん予定でもいいにゃん」
なんかにゃん比率がどんどん上がっている気がするが、それはいいとして、ジョブがわからないわけではない。
そもそもこの世界の住人が本来どうやってジョブを知っているかは判らないが、俺のジョブはキャンセラーだ。
それは間違いがない。脳内ステータスでも確認が出来ている。だが――
「そういうわけではないのだが、ところでキャンセラーって知っているか?」
まぁ念のため確認してみる。
あるんだったらそもそも隠す必要もないからな。
だが実際は――
「キャン――? なんにゃにょか? そにゃは?」
小動物のように首を傾げて疑問の声。
うん愛らしい。いや、そうじゃない。
「いや、いいんだ。そうだな俺はファイターだ。それをそのまま書けばいいのか?」
「そうにゃん。う~んでもファイターにゃんか、にゃるほど。思ったとおりにゃん」
どうやら見た目でファイターとは思われていたようだ。まぁ鎧や双剣といったところでみたらそんなところだろう。
ちなみにファイターというのは戦士系の基本職だ。
その名の示す通り武器を扱った戦闘を得意としている。
ただスキルの特性上、プレイヤーの多くは扱う武器を一つに絞ってた事が多かったけどな。
そしてゲームでは他に基本職としては、素手に特化したマーシャリスト、弓が得意なアーチャー、盗みや罠の設置や解除なんかが得意なシーフ、生産職である鍛冶師のスミスに薬剤師のドラッカー、魔法使いのメイジに精霊使いのソーサラー、回復職であるシスターにパースン(女がシスターで男がパースン)、召喚士のサモナーに魔物使いのイビルティマーがあった。
これに追加されたキャンセラーを含めて全一二職が基本職だったというわけだ。
まぁジョブは更に上位職、高位職、最高位職、極位職の順で更にランクが上へのジョブチェンジが可能だったけどな。
まぁそんなわけで、今の俺の装備で行けば、基本職ならファイターが無難と思ったわけだが、その考えが上手くはまった感じだな。
受付の猫娘も特に疑う様子もなく俺の記入し終えた紙を確認し、冒険者ギルドの説明に入った。
「先ず冒険者ギルドとは何かについてにゃん。冒険者ギルドとは地域の平和と安全を守る為に活動するのを基本方針とした組織にゃん。ギルド自体は実働者である冒険者に仕事を斡旋するのが主な仕事にゃん。仕事は多岐にわたるにゃんが、基本は人々や国から依頼を請けそれを提供するにゃん。冒険者はその依頼をこなすことで報酬が貰えるにゃん。依頼は簡単なお使いから採取、採掘、魔物の駆除に護衛などまぁ色々にゃん」
まぁこの辺はゲームと殆ど同じだしな。聞き流していいぐらいだが、何故かメリッサのほうが真剣に耳を傾けメモまで取っている。
てかメモ帳もってたのか。
「ギルドの仕事を請けるには、そこのボードに貼ってある依頼書を見て自分にあった仕事を選んで受付まで持ってくるにゃん。ただ依頼には請負型の他に完遂型があるにゃん」
完遂型? それは俺の知らないワードだな。
「請負型というのは文字通り依頼を請けた冒険者自身がこなすものにゃん。中にはパーティーを推奨や必須にしているのもあるから気をつけるにゃん。団体依頼もあるにゃん。完遂型は受けるとわざわざ言わなくても依頼の内容を遂行すれば報酬が貰えるタイプにゃん。一部の採取系やそれに魔物の討伐にはそういったものが多いにゃん」
あぁそういう事か。確か魔物に賞金が掛かってる場合もゲームにはあったな。
ただ採取系はゲームでは一応個別に請けてはいたはずだが、まぁ常時募集している薬草採取なんかは受付がいちいち対応するのも面倒なのだろ。
「また依頼の中には緊急依頼や任命依頼がある場合があるにゃん。緊急は何よりも優先して欲しい依頼にゃん。任命依頼はギルドからの冒険者指定の依頼にゃん。任命依頼は断ることも可能にゃんにゃが、それを断るとランクの査定に響くにゃん。ぎゃくに請けて成功させれば報酬も高値で評価もうなぎのぼりにゃん! おトクにゃん!」
緊急は確かに緊急クエストというのがゲームにはあったが、任命はなかったな。
しかしこの言い方だとそういう場合は暗に請けろと示唆されてるようにも思える。
「次はランクについてにゃん。仕事によっては冒険者ランクが推奨されていたり条件になってたりするものがあるにゃん。推奨はそのランクであるこことが望まれるものにゃん。条件は定められたランク以上でないと請けられないなどにゃん」
まぁこれは問題がないな。
「今いったように冒険者にはランクがあるにゃん。冒険者は登録したての時はまず最低ランクであるビギナーからスタートになるにゃん。そこからノービス、アマチュア、マネジャー、エキスパート、スペシャリスト、プロフェッショナル、マスターの順に上がっていくにゃん。ランクの変動は個々の冒険者の素行、依頼の達成率、実力を考慮してギルドの判定員が決めるにゃ。ランクは基本は一段階ずつあがるにゃん。でも功績によっては一気に飛び越えて上がる冒険者もいるにゃん。ただランクは場合によっては下がる場合もあるにゃん」
そういえばゲームでは下がることはなかったな。
「下がる場合ってのはどういう場合なんだ?」
俺が尋ねると猫耳をぴょこん! と立たせながら嬉しそうに答える。
「ランクが下がる場合というのは規約に反する事を行ったり、素行が悪かったり、また依頼を受けない期間が長すぎる場合になるにゃん。ちなみにビギナーの段階でランクが下がるような事態になった場合はギルド除名にゃん。気をつけるにゃん」
「なるほど、しかし除名とは厳しいな。規約違反はともかく仕事をしない期間というのはどれぐらいだ?」
「にゃんにゃん、先ずは三ヶ月で警告にゃん。半年で判定人に情報がまわりランクを下げるかを決定するにゃん。ちなみにそういった仕事をしなくなった冒険者をこの業界ではエタ冒険者というにゃん。豆知識にゃん。除名はバンされるともいうにゃん」
エタ冒険者か……なんだかよくわからないが嫌な響きだな。
「エタ冒険者と――」
いやそこもメモるのかよ! いや大事だけどな。
まぁ俺は精々エタらないように気をつけないとな。まぁありえないけど――
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