贈り物

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夏の暑さが和らぎ、少し肌寒くなりつつあった秋の始めの週末を思い出す。母さんとぼくは夕飯の食材を買い、夕暮れに染まったオレンジ色の街を歩き家に向かっていた。公園の脇を通り過ぎるとき、生垣にひっそりと佇む金木犀が寄り添うように香りを運んでくれた。母さんはその香りをめいいっぱい吸い込んで幸せそうな笑みを顔に浮かべた。ぼくもその石鹸のような素朴な香りに包まれ、ひとときの幸福をかみしめた。それから金木犀はぼくにとって母さんとの大切な思い出を彩る植物になった。その匂いを冬の寒さが厳しいクリスマスに渡せるのは嬉しかった。素敵な香りのするこのハンドリクームが母さんの荒れた手を少しでも癒してくれることを願って家に帰った。  家に着くと、酔いが覚めたように母さんがくれたゲーム機を売ってしまったのを思い出した。それがわかると母さんは悲しむだろうか、そんな考えが頭をぐるぐると巡り、不安を煽った。でも、しょうがないのだ。1650円では満足なものは買えなかった。一番大切な人にプレゼントを贈れないクリスマスなんて・・・  母さんはきっかりいつもの時刻に帰って来る。母さんが入って来るドアをぼんやりと眺めて、ソファの端っこに座っていた。そのうちに、タッタッタと階段を登って来るソールの磨り減ったスニーカーの音が聞こえた。ケイスケは一瞬、体が緊張でこわばった。ゲームを売ってしまったという罪悪感と選りすぐりのプレゼントを渡せる幸福感の中間で苛まれた。  「母さんが喜んでくれますように!」ただそう心の中で祈った。  ドアがギィっと音をたてて開き、母さんが手をすり合わせながら入ってきた。目は落ち窪み、痩せすぎており、肌にツヤが感じられない。まだ30歳も中頃だというのに所帯の苦労を一身に背負っているのが顔から読み取れる。  「ただいま、変わったことはない?」と母さんは優しく声をかけた。  「うん、特にないよ。あるとすれば、ゲーム機を友達に売っちゃったことかな」と視線を逸らしながらケイスケは言った。母さんはその言葉を聞いて荷物もおかずに動きを止めた。ケイスケは恐る恐る母さんの顔を見ると、おかしな顔をして見つめてくるだけなのだ。  ケイスケは老人が起き上がるようにゆっくりと物に掴まりながら立ち上がった。
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