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平成生まれの翔太は30代後半の独り者。食事だけはプチ贅沢をして、ささやかな幸せを味わってきた。
しかし、最近受けた健康診断の血液検査で、いくつかの項目で正常値を大きく超えているものがあった。
令和の時代に入って何年か経ち、医療分野でもグローバル化、いやアメリカ化が進み、基準値が大幅に見直されていたからだった。
翔太は健康だけは自信を持っていただけに、送信された診断結果をスマホで見た時には、ショックを受けた。しかし、気を取り直し、
”もう、自分は若くはないんだ。目をそむけずに、現実を見つめよう”
と腹をくくったところ、ちょうど見ていたスマホの画面に、ある大手医療企業が手掛ける「AIによる健康管理コース」という広告が出ていた。翔太は、これも何かの縁だと感じ、すぐに登録することにした。
そのコースは、最近爆発的な人気を博していて、翔太でさえ、何度か耳にしていたものである。最新の機器とAIを用いて、顧客の健康を科学的に管理してくるプログラムで、継続率100パーセントという驚異のヒット商品となっていた。しかも、ありがたいことに、財布に非常にやさしい。
彼は、その企業のホームページから必要な情報を入力し、ホテルのディナー代ほどの入会金をカード決済で支払って、登録を済ませた。何日かすると、その会社のスタッフが彼の家を訪ね、専用のカメラと便器をキッチンとトイレにそれぞれ設置をして帰った。
このコースは、測定するポイントが大きく二つある。
一つ目が、当然のことながら”食べる”過程のチェックである。
買ってきた食材は、調味料も含めてすべてをカメラに認識させなければならない。
やり方は簡単だ。食材をカメラの前に置いて、認識されれば、
「認識されました」
と音声で教えてくれる。
できなければ、
「認識できません」
と言ってくれるので、認識できるように、少し位置を動かしてやればいい。
そしてその画像は、そのままその企業のコンピューター・システムに送られる。
さらに、調理過程のすべて、盛り付け、食べ残しをすべてカメラに認識させる。
そうすれば、その映像もその企業のコンピューター・システムに送られる。スーパー・コンピューターがAIを使って映像をデータし、それを解析することでカロリー計算・栄養成分を算出してくれるだ。そして、彼にとって好ましい食事であったかどうか、どういった点を改善をするべきかといった診断を、瞬時に彼のスマホに送ってくれるのである。
解説動画も添付されているので、もっと詳しい内容を知ることもできる。動画は、わかりやすく解説してくれるので、見ていて苦にならない。
また、事前のアンケートによって、顧客の性格がAIによって分析されているので、解説してくれる3Dアニメのナビゲーターは、顧客の好みが設定されている。だから、極めて心地よく見ることができ、自然と内容を受け入れられる。
そして、二つ目のポイントは排泄物に対しての測定機能である。
専用便器に測定器が設置されていて、排泄された大小便を分析しデータ化して、それを企業のコンピューター・システムに送る。リアルタイムで健康状態を診断してくれるのである。
また、便器には脈拍と血圧を測る装置も備え付けられているので、用を足すときに座るだけで、計測してくれる。
こういった機能をAIがフル活用するので、この優れものの便器は、顧客の風邪の予兆などといった軽微なことだけででなく、微小なガンの発生に関しても、即時に発見し、通知してくれる。
翔太は、このコースが大変気に入った。最新の機器が備えらているという安心感もあるが、やはり独り者の彼にとって、たとえ3Dアニメとはいえ、彼の好みドンピシャの女性が、かわいい声で案内してくれることが、たまらなかった。案内通りにうまくやると、ほめてくれて、これがまたうれしい。
それで翔太は、毎日毎日、案内された通り、食材、調理、盛りつけ、食べ残しのすべてをカメラに認識させた。外食した場合は、スマホにダウンロードされたアプリから、料理の食べる前と後を写して送る。
翔太は、真面目に取り組んだおかげで、二週間ほどでその効果が表れ、三か月後の血液検査では、見事すべての項目で正常価をクリアーした。翔太の人生にとって、このコースはなくてはならないものになっていた。
そして、このコースは評判が評判を生み、日本だけでなく、世界の多くの国で、利用されるようになっていた。
ところが、このコースを絶対に利用しないと決めている人がいた。
それは、この企業のオーナー会長その人だった。
部下たちは、会長の健康を考え、しきりに会長に自社のコースを勧めるのだったが、会長は決まってこう言い放った。
「医療産業は二十一世紀最大のビジネスになっていく。おれは世界中の顧客の口から尻の穴まで個人データを持つことに成功したんだ。もうこれでネット販売の主導権をにぎることができるんだよ。顧客は知らないうちに、おれに弱みをにぎられているんだ。ばかなやつらは気づいていないだけだ。
そんなおれが、自分のデータをコンピューターに渡すはずがないだろう。もしその情報が漏れたりしたら、おれが敵に弱みをにぎられることになるではないか」
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