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頼まれ事
襖を開けたら帰った時のままだ。
違うところはソノさんが布団の上で座っていて、布団の足元で父が丸くなって寝ていた。
「毛布をかけてやって」俺の後ろにいた修が更に下がった気配がしたので、父の隣にあった毛布をかけてやった。
「ありがとう」ソノさんはこちらを向きながら
「お前達を呼んだのはちょっと頼みたい事があって」何だろう?ようやく横に並んだ修と顔を見合わせた。
「いいけど」
「親父じゃだめだったの?」修がソノさんに声をかけた。
「啓之は心臓が弱ってるから、これ以上びっくりするともたんかもしれん」
初耳だ。また修と顔を見合わせる。
「じゃ頼むかな」二人でうなずいた。
言われる通りに部屋の隅にあった脚立を使って鴨居に掛かっているひいおじいちゃんの写真の額を外した。
「写真の後ろに封筒が入ってるからそれを出しておばあちゃんにちょうだい」
額の後ろを外してみると写真の裏に黄ばんだ封筒が入っていたのでそれを渡す。
「ありがとう」ソノさんは大事そうに受け取った。
「さて、と」
「中身を知りたいかい?」いたずらっ子のような目でこっちを見た。
「見ても大丈夫?」修が恐る恐る聞いた。
「なんてことない」いつもの口癖だ。
言いながら封筒から人の形の白い紙と和紙に包んである何かを右手の平に大事そうに乗せた。人形の紙には忠夫、と少しよれた字が書いてある。
「ひいおじいちゃんの名前だ」
「そう、ひいおじいちゃんの代わり」
そっちには何が入ってるんだろう?和紙の包みを見る。
「こっちは」
「ひいおじいちゃんの髪の毛が入っとる」にこにこしながら
「これはひいおじいちゃんが亡くなる前に作ってくれたんだ。名前はひいおじいちゃんが書いてな。」
「ワシが先に逝ったら必ずこれを持ってこっちに来いよ、って」
「仲良しだなあ」思わずつぶやくと
「違う違う」ハハッと笑って
「お前は方向音痴だからあの世に行くときも道案内がいるだろう、って作ってくれたんだよ」やっぱり仲良しだ。
「誰に聞いたのかわからないけどね」左の掌に乗ってる紙をそっとなでながら
「急に思い出してこれは持ってかなきゃ、って思ったんだ」ふっと笑い
「長いことぼんやりしてたな」と呟いた。
そういえばおばあちゃん認知症になってたもんな、思い出せてよかったね。しみじみしてると
「思い出してくれたんだね」振り向くと修が喋ってる。
でも…声が…この声は…
「ひいおじいちゃん?」
「ちょっと借りるよ」修に話しかけているのか俯いてそっと胸に手を置いた。
そして僕を見た。
「久しぶりだな」ああ、ひいおじいちゃんの声だ。小さい頃によく聞いた声だ。
「いつも見てたよ」穏やかな顔をしている修はやっぱりいつもの修じゃない。不貞腐れてる顔を止めればイケメン…に見えなくもない。
「それに、」
「これからも見てるよ」落ち着いた懐かしい声。
「うん」
「じゃ、おかえり」そう言うとまた視界が揺れた。
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