たべた

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たべた

―――私がこの屋敷で働くようになって、どれくらいになるのだろう。 それ以前の無い記憶を拾い上げても、それは目の前で朽ち果てて砂に返る古い羊皮紙のようなものだ。 オリバーという名を与えられた私を、屋敷の皆は怪訝な顔をしたものだ。 『だってその名前は、男の名前だろう』と皆は言う。 私は痩せっぽちだけど、わずかながら乳房があり突起した性器はない。なぜなら、女だもの。 しかしだからといってこの名前が不満なわけはない。 何故なら唯一失うことのない、私だけのモノだからだ。 ……さて私は下働きを経て、メイドや料理の下拵えを任されるようになる。 チビで痩せっぽちで非力な私だけれど。誰より働いたし誰よりここが世界全てだった。 屋敷の使用人は家族同然で、屋敷の主であるアダム様は私にとって月であり太陽。 陽の光のような黄金の髪色。冬の湖のような冷たく蒼い瞳。 この世の誰より美しい容姿に白い頬。息をのむような優雅な仕草に身のこなし。 そしてこの綺麗なご主人様は人間じゃあなかった。 『ヴァンパイア』『吸血鬼』 人間の生き血を飲み、気の遠くなる様な時間を生きる生物。 それがアダム様だった。 ―――私がそれを知ったのは、奇しくもあの犬がこの屋敷に来てから2ヶ月ほどしてからの事。 あの日。私は同僚であり親友の少女と、我が主の逢瀬を目撃した。 鋭利な三日月が眩い夜、その光に誘われるように外に出たのが良くなかったのかもしれない。 庭師達が丹念に世話した庭園には夜に咲く花など無い。しかしその慎ましやかな蕾の上に月光が降り注ぎ、恐らく私が産まれて始めて見る美しい風景だったと思う。 そんな中に彼らはいた。 支え合うように佇んだ姿はまるで荘厳な絵画のよう。 神秘的、と言葉にすれば陳腐だが正にその通り。 私が白い柱の影から見た、あの光景。 アダム様が彼女に何か囁いて。 彼女が濁った瞳で見上げて微笑む。 そこに何も写っていないはずなのに……。
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