第10話 予期せぬ転換点

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第10話 予期せぬ転換点

 作物が力強く育つ傍らで、ナタやら鎚の振るう音がする。空は快晴で隣に美女。何て満ち足りた空間だろうと思う。こんな時間がいつまでも続けば良い……と願うが、状況がそれを許しはしない。 「敵です! 襲撃に備えてください!」  エマの凛とした声が響く。平和を愉しむのも一時ばかり。集落と呼ぶにも小さな拠点だが、それを守るためには武器を取らねばならない。  村外れに現れたのはオーガ2体。それだけなら難敵では無いのだが、様子が少しおかしい。風もないのに雑草が揺さぶられているのだ。オーガの仕業にしては離れすぎており、ゴブリンであれば、草の隙間から頭が覗いているハズである。しかし、迫る何者かの姿は一切見えなかった。 「何モンだよ、クソッ」 「タケル様。あれはトケトカゲかと思われます」 「そうか。這いずってるから姿が見えないのか!」  つまりは地上タイプ、しかも低身長だ。それを迎撃するのにうってつけの人材には心当たりがある。 「ミノリ婆さん! 敵の姿が見えたら先手で叩け!」 「んだな。まかせんべよ!」  草の揺れから動きを読み、ミノリを草の間に潜ませた。そうして現れた魔物は、やはり初めて見るものだった。  全身は茶褐色で、所々に白の斑点がある爬虫類だ。全長は1メートルに迫るほど大きく、侮ると手痛い目に遭いそうだ。真っ赤な瞳がタケルの姿を捉えると、三日月のように細まり、駆け足となった。  そこへミノリが甲高い掛け声とともに斬りかかった。 「まずは1匹もらったべぇぇ!」  赤錆た鎌が背の頂点に向けて振り下ろされる。だが、それは皮膚を浅く割いただけに留まった。当然ダメージは無い。ミノリは思わず手の物を見つめてしまう。 「あぁぁ、やっぱりナマクラじゃ戦えねぇべ」 「おいボサッとするな! 反撃が来るぞ!」 「えっ?」  タケルが警告するも、既に手遅れだった。トケトカゲの1匹が大口を開けると、勢いよく体液を吐いた。それがミノリに直撃し、両腕を激しく焼き焦がした。 「ギャアア! あっちぃぃ!」  「婆さん大丈夫か!?」 「こんなヤツら、アタスの手に負えねぇべよぉーー!」  ミノリはそう叫ぶなり、自身の小屋へと引っ込んでしまった。これで彼女は今回の戦で戦闘不能となる。規定値以上のダメージにより、戦意を喪失した為だ。 「遠距離攻撃か、厄介だな」  敵は隊列を整えると、3匹1列となって再び駆けた。前には畑があるだけで遮る物は無い。 「マイキー、こいつらに煙を浴びせられないか?」 「無茶いうなよ低すぎる! 出来んのはオーガの足止めくらいだぞ?」 「仕方ない。オレが出る!」  タケルが槍を携えて突進した。頭を低くし、コムネの茎を身体に打ち付けながら、目一杯の跳躍だ。  着地。眼前に3匹の獣。正面から見据え、槍を構え直しつつ腹の底から叫んだ。 「炎の精よ、オレに力を与えろ!」  今度は成功した。訓練の成果は目に見えて現れており、タケルの体は陽炎に包まれた。体は輪郭がぼやけたようになり、時おり真っ赤な焰(ほむら)が上がる。早くも努力が結実したのだ。 「準備完了っと。それはお互い様か」  敵もカカシではない。大きく開け放たれた3つの口は、全てがタケルへと向けられている。間もなく溶解液が放たれる。それを受けるか避けるか、僅かに悩んだ。するとそこへ、脳裏にひとつの幻影(ビジョン)が過った。  それは明らかに浮き世離れしたものであり、現実味は無い。しかし、タケルには出来るという確信があった。ぶっつけ本番なのだが、彼の動きに迷いは見られない。 「炎よ、熱き壁で全てを阻め!」  腕の動きに合わせて、目の前には火柱が地面より湧き昇った。人を隠してしまう程に高く、そして広い。それが一斉に放たれた溶解液をことごとく蒸発させてしまった。予期せぬ激変に、トケトカゲたちも驚いたように首を振った。  すかさずタケルが跳躍し、無傷のままで炎の壁を突破すると、端の1匹に斬りかかった。槍は摺り上げるようにして払われ、宙には体の裂けたトカゲが飛ぶ。すると敵は全身を煙に変えて消失した。地面には赤茶けた牙だけが落下し、乾いた音が鳴る。 「ようし! まずは1匹……!?」  バックステップで離脱をした瞬間だ。タケルは強烈な目眩に襲われた。それと同時に視界が白んだようになり、意識を手放しそうになるのを、叱咤して堪えた。 「これが魔法の反動か? 結構キツいな……!」  そこで生じた隙を見逃されるはずもない。残った2匹が揃って口を開け、同時に液を吐きかけた。転がることでどうにか回避。しかし、敵は意に介さず次弾を射つ構えをみせた。避けたくらいでは主導権を取り返すまでに至らない。 「クソッ。だったらもう一度壁を!」  後先までに気は回らず、再度魔法を発動させようとした。だが、事態は1人の女によって大きく変えられた。 「んだよ! アタシだけ除け者にすんじゃねぇよ!」  それはアイーシャだった。彼女は大金槌を携えたままで天高く舞うと、中空で縦に回り始めた。鎚に存分なほど遠心力を加えると、勢いを殺す事なく振り下ろされた。激しい地鳴り。直撃したトカゲに助かる余地は無く、煙となって霧散した。 「あのねぇ、アンタ指揮官なんだろ? だったら突撃してないで、全員に指示出してくんな!」  着地したアイーシャは息ひとつ切らしていない。そして敵前で苦情を吐くだけの胆力もある。これは戦力として期待が持てそうだ。 「悪かったよ。次からはお前も頼りにするからな」 「当たり前だって。マジで」  最後の1匹には手間取らなかった。アイーシャが登場したことに慌てた背中を、槍で突いただけだ。これにてトカゲ隊は全滅した。 「よし、あとはオーガだけだ。アイーシャいけるか?」 「任せときな。あのデカブツとサシでやりあえるなんて、面白そうじゃん!」 「最悪、足止めだけでいい。無理すんなよ!」 「あいあい。アンタもね」  タケルは返事も聞かずに駆け始めた。戦局は味方有利。それでも焦るのは、彼自身の異変である。視界の白む感覚が徐々に強まっており、残り時間の少なさを予感させたからだ。 「いまのうち、意識があるうちに倒さねぇと!」  なだらかな下り坂を飛ぶように走る。狙うはオーガ2体。どちらも煙に視野を奪われ、右往左往ばかりを繰り返している。当然隙だらけであった。  みぞおちを突いて振り払うと、さしたる抵抗も無く討ち取る事ができた。残すは1体だけだが、いよいよ両目が眩く霞む。体を包む気怠さも相当なもので、戦うにはもう1人必要だと感じた。だが……。 「キャァア! 悪魔の虫ぃぃ!」 「こんな時に!?」 「ヤダァ! 助けてよパパァ!」 「おい! 待てアイーシャ!」  制止の声も聞かずにアイーシャは工房に逃げ込んでしまった。なぜなら甲虫ムンムゥがお散歩中であり、折り悪く彼女と遭遇してしまったのだ。ミノリと同じく戦闘不能。当てにしていただけに、その離脱は大きな痛手だった。  思わぬ事態に呆然とするタケルだが、更なる窮地が彼を襲う。 「大将、薪が切れる! 援護もこれまでだ!」 「チクショウ、次から次に……」  戦況は言葉の通りになった。黒煙が薄らいだと思うと、オーガは視界を取り戻し、にわかに活動を再開した。その眼が捉えるのは、疲労困憊のタケルである。勇ましい雄叫びをあげ、棍棒を掲げながら突進した。 「こうなったら、やるしかねぇ!」  腹をくくったタケルは槍を構えなおし、迎撃態勢を整えた。迫る巨体に、振り下ろされる棍棒。不気味な風切り音を耳にしつつ、切り結ぶようにして槍を払いあげた。交錯する棍と刃。次は力の押し合いになるだろう……と思われたのだが。互いの武器が触れ合う刹那、それは起きた。 ーーピピピッ、ピピピッ!  どこからともなく機械的な音が聞こえてきた。タケルは無意識に「目覚ましの音」だと認識すると、その瞬間に世界は暴力的なまでの眩さに包まれた。もはや目蓋など役に立たない。視神経に直接光を当てられたような錯覚を覚え、痛烈な目眩が意識さえも明滅させるようだった。 「なんだこれは!?」  死後の部屋とは似て非なるものだった。魂が吸い寄せられる感覚とは違い、まるで体ごと掻き消されるような、消え失せる感触に近い。しかし、そんな気にさせられたというだけで、自分の眼で見定めた訳ではない。そのクセ喪失感には乏しく、むしろ新しい何かを授けられるような思いに包まれた。 ーーピピピピピ! ピピピピピ!  明確になった音の方へ手を伸ばした。これは意図したものではなく、反射的な動きだった。すると指先が何かに触れ、次いで両の手で平べったいそれを掴んだ。そこで視界の眩さは鳴りを潜め、徐々に現実的な程度にまで落ち着く。 「一体何が……」  霞む視界が映し出したのは、窓から差しこむ朝の日差しだ。横に眼を向ければ、愛用の学習机にデスクトップPCがある。顔を俯けると、使い古した毛布とベッドが見えた。タケルにとって見慣れた自室である。 「嘘だろ、戻ってきちまったのか!?」    タケルは状況を受け入れる事が出来ずに、ただ唖然とするばかりだ。そんな彼の耳をつんざく程にアラームが鳴り響く。それはまるで、 異界を旅する少年を現実に引き戻すかのようであった。
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