第13話 ここの子になる

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第13話 ここの子になる

 エマの敵襲を報せる声によって我を取り戻した。揺れる草花と、その奥に巨人が2体。前回と同じ編成なので、タケルの判断は素早かった。 「ミノリは本拠の防衛だ、エマを頼んだぞ!」 「任されたべぇ」 「マイキーはオーガの撹乱、ただし最初から使うな。オレの合図を待て!」 「おうよ。大将の指示に従うぜ」 「敵の先手はオレが足止めする。アイーシャはそこを強襲しろ!」 「あいあい。上手くやってよね」 「じゃあ散開だ!」  明確な指示が功を奏し、全員が澱み無い動きで展開した。後だしジャンケンそのものだが、タケルの罪悪感は薄い。そんな事よりも、気心知れた仲間たちと同じ大地を踏めたことに、止めどない感激を噛み締めていた。 「来やがれトカゲども! オレが相手だ!」  敵の姿を見かける前に、勇ましく叫んだ。すると、進軍には変化が見られ、草の揺れる向きが変わる。  タケルは槍を低く構えながら待ち受けた。同化法は温存する。かなり強力な技であるが、消耗が激しすぎるのだ。発動はギリギリまで待つ必要がある。 ーーガサガサッ  草の隙間よりトケトカゲが顔を覗かせた。接敵するなり3体とも口を開け広げ、射撃態勢に入る。タケルは軽いフットワークで横に飛ぶと、円を描くようにして駆け始めた。  砲口が旋回しながら追いかけるも、狙いは中々定まらない。背の高い草が邪魔をして、照準を合わせるのが難しいからだ。よってトカゲたちは、ただ足踏みをし、向きを変える事だけに終始してしまう。 「あっはっは! マヌケな連中だねぇ?」  アイーシャがそんな声とともに宙を舞う。そして着地とともに一撃、身を翻しながらもう一撃振り下ろすと、早くも2体が絶命した。  予期せぬ展開に惑うトケトカゲ。しかし最後の個体も背に槍を受け、その体を霧散させた。こうして先鋒は全滅したのである。 「マイキー、今だ!」 「よっしゃ! 今日のハイライトだぜ!」  たちどころに黒煙が昇ると、まるで意思を持ったかのようになる。視力を奪われたオーガは侵略する足を止めてしまう。  それからも戦いは一方的であった。果敢に挑もうとするアイーシャが、甲虫に出くわして逃げ帰るという珍事はあったにしてもだ。同化法による攻撃は凄まじく、オーガをいとも容易く仕留めてしまった。戦闘終了である。 「タケル様、ご無事でしょうか?」  息ひとつ切らさぬ男の元にエマが駆け寄り、その労をねぎらった。慈愛に満ちた笑みが太陽を受け、どこまでも眩しく輝く。タケルは眼を細めながら「戻ってきたんだ」と、喜びを噛み締めた。そして寄り添うようにしながら本拠へと帰還した。 「やったな大将、圧勝じゃねえか!」  マイキーが右手を挙げながら待ち受けていた。タケルはその意図を読み取ると、片手だけでハイタッチ。パシンと小気味の良い音を鳴らすと、不敵な笑みを交換した。  それを真似しようとしてミノリも利き腕を挙げるが、曲がった腰のせいで妙に低い。タケルは小さな苦笑と共に高さを合わせ、いくらか加減した力で彼女の要求に応じた。 「ところでアイーシャはどうした?」 「あの嬢ちゃんなら工房で震えてるぞ、呼ぶか?」 「出来そうなら頼む」  それからしばらくして、マイキーに連れられたアイーシャがやって来た。肩を落とし、深々と俯く姿には申し訳ない気分にさせられる。だが、彼女にしか頼めない仕事というものもあるのだ。 「なに、なに。アタシに何の用?」  声そのものはタケルに向けたものだが、視線はあらぬ方ばかりを見ていた。しきりに左右を見渡し、膝も笑っているため内股気味だ。大金槌を笑いながら振るっていた姿とは丸っきり別人のようである。この変貌ぶりは分かっていても面食らってしまう程だった。 「ねぇ、用があるなら早く言って。悪魔の虫が来たらどうすんの」 「少しは落ち着けよ。傍には居ねぇから安心しろ」 「確かに、そうみたいだけど……」 「まあ手短に言おう。2つ作って欲しい物があるんだ。鎌と斧を1本用意してくれ」 「鎌と斧なら、素材として石4と木が2。それか鉄と木を2ちょうだい」  ゆとりがあるのは木材だけで、石材は先ほどの戦闘分を合わせても足りない。鉄は今の所未知の素材だ。製作は見送りとなりかけたが、エマの報告が雲行きを変えた。 「タケル様。トケトカゲの牙から鉄材が生み出せます。ご要望の素材は用意できますが、いかがされますか?」 「もちろん作ってもらう。良いだろアイーシャ?」 「アタシは別に、出す物出してくれりゃ文句ないよ」 「じゃあ頼むぞ」 「あいあい。そんじゃ夜まで待っててね」  アイーシャが工房に閉じこもると、他の住民も作業に従事し始めた。残されたのはタケルとエマの2人だけとなる。 「さてと、オレたちは施設を作ろうか」 「それは結構ですが、新たな物を建てるだけの素材が……」 「作るのは畑だ。それなら手持ちの分でいけるだろ? 人数が多くなったから収穫量も増やしていかないと」 「ミノリさんは1反をみるので手一杯ですが」 「だから鎌を作らせたんだって」  道具の製作は村人のアップデートである。例えばミノリに良い鎌を与えれば、より広い畑を管理できるようになるし、戦闘でも活躍が見込める。斧はマイキーに与えるもので、今後は木材の切り出しまでが可能となる。リヴィルディア戦記とは、そのように『投資』していくことで、行動の幅を広げていく遊びなのだ。  しかし、タケルが吐いた言葉は建前であった。実を言うと、彼の狙いは全く別の所にある。記憶が確かなら、畑を2面作る事で『それ』は起きるはずなのだ。エマがタクトを振るうのを、祈る思いで眺める。  そして横並びに新たな畑が出来上がった。 「タケル様。お言葉の通りにいたしました」 「うん、ありがとう。ところで、何かこう、変わった所は無いか?」 「ええ……。精霊の力が満ちた事で、私に新たな装いが与えられたようです。着替えましょうか?」  タケルは叫びたい気持ちを懸命に抑え、つとめて冷静に言った。試しにやってみてくれ、と。本当は狂喜乱舞したいほどである。しかし、意地にも似た何かにより、素っ気ない演技を可能としたのだった。 「では、そのように……」  エマの全身が眩い光に包まれると、体の輪郭すら見えないまでに輝いた。超常現象的な着替えである。中はどのようになっているのか、タケルも詳しくは知らないし、知ろうともしなかった。彼の望むものは、光が止んだ後にあるのだから。 「終わりました。いかがでしょうか?」  再び姿を現したエマは、全く異なる格好に変わっていた。出会った当初からまとっていた古代ローマ人のような服装では無く、随分と世俗的なものになった。  アップにまとめられた長い髪は、後頭部で小さな布に包まれている。上半身は薄グレー色をした麻の服。下はベージュ色のロングスカートだ。農婦のようにも見え、露出度もだいぶ落ちている。だが、それは些細な事であった。 「お喜びください。私に精霊の祝福が新たに与えられた事で、タケル様にも恩恵が授けられます。以降は魔力の活用効率が……」  エマが恭しい仕草とともに説明した。これは単なるコスプレではなく、歴とした戦略要素のひとつである。彼女にどのような格好をさせるかで、今後の攻略難度も変わってくるのだ。  しかし、肝心のタケルは完全に上の空だった。 (再現度! 再現度ヤバいなこれ!)  農婦スタイルの肝は釣りスカートにあった。腰から伸びた紐に両腕を通すのだが、エマが着ると素敵な事になる。構造上、彼女の大きく育った胸がこれでもかと強調されるのだ。それは巨乳フェチにとって、安易な肌出しよりも遥かに価値のあるものと言えよう。  この装いは、画面越しの2次元イラストでも十分な威力があった。それが今は生身の女性が着用しているだ。しかも意中の人。これを涙無しに眺める事が出来ようか。少なくともタケルには堪えられなかった。一筋の熱い雫が頬を伝い、顎先から落ちる。 「タケル様! いかがなさいました!?」 「ありがとうエマ。ありがとね本当に。生きてて良かったって、マジで思うよ」 「あの、ええと。喜んでいただけたなら幸いです……?」  タケルはエマの豊かすぎる膨らみを、涙で滲む周辺視野にて凝視した。直視するには勇気が不足しているからだ。だが、それでも構わない。視界の端だけでも眼福は味わえるというものだ。  心の中で叫びに叫ぶ。エマちゃん可愛い、リヴィルディア最高、愛すべき我が大地と。いっそこの世界の正規住民となって、骨を埋めてしまいたい。そう願う程にまで感激させられたのだった。
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