第15話 キノコなめんな

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第15話 キノコなめんな

 意外な戦力増強はあったにしても、物資は依然とぼしい。新しい施設を建てるか、タケル自ら収集に励むか悩んだ所で、エマに相談を持ちかける事にした。 「手元にあるもので建てられる施設って、何がある?」 「ハイウルフからは獣皮を得られました。それと少量の木材を消費することで、キノコ小屋を建てる事ができます」 「何だその施設?」 「周辺からキノコを採集するものです。収穫物は日によって異なりますが、食料の増産にも期待が持てます」 「良さそうじゃん。頼もうかな」 「承知しました」  早速エマは工房の隣、北端のエリアで指揮棒(タクト)を振るった。するとそこには、こじんまりとしたテントが出来上がった。それは大都市に軒を連ねる露点や、見せ物小屋を彷彿とさせ、少し陰鬱な雰囲気を醸し出していた。見た目はともかく、菌類にとって都合が良さそうだとは思う。 「さてと、次に来るのはどんなヤツかな」 「そればかりはご縁というものですね」 「まともだと助かるんだがなぁ」  小屋の前でその人を待つ。しかし、彼らの耳目には何ら新しいものが届かない。見えるのは種を蒔くミノリの姿、聞こえるのはナタや金槌の振るわれる音だけだ。草は風の向きに沿ってそよぎ、大空では鳥の群れがビュロロと鳴いては翔んでいく。それが把握できた全てだった。 「おかしいな。いつもなら誰かしら来そうなモンだが」 「今回は施設だけ、なのでしょうか」 「建物だけあっても困るぞ。キノコの知識なんて誰が……」 「あのぅ……」 「うわぁッ!!」  タケルとエマは、唐突に耳元で囁かれたことで、転がらんばかりにつんのめった。2人とも鼓動を激しく乱れさせながら振り返ると、そこには若い女性が突っ立っていた。 「誰だよアンタ! 急に現れんじゃねぇよ!」 「居た。ずっと居た」 「全然気づかなかったぞ、いつからだよ」 「小屋が出来たとき」 「そ、そうか。悪かったな、気づいてやれなくて」 「平気。気にしないで……」  女性は消え入りそうな声とともに、たおやかな仕草で会釈をした。精練された動きからは礼儀正しさが窺える。だが、その際立った容貌の方が遥かに目立っており、思わずそちらに瞳が釘付けとなってしまう。   漆黒の髪はかなり長く、腰骨に届く程だ。前髪もアゴ先まで伸ばされており、彼女の顔立ちは分け目から覗くのがやっとだ。隙間から露出する片目も望洋としており、色味は夜半の湖面の様に深く、視線がどこを向いているのか今一つハッキリしない。  彼女の服装にも暗い印象は表れている。黒一色のタイトなロングドレスの上に、濃紫色のケープを羽織っているのだ。重い、とにかく重い。物静かな佇まいとは大きく反し、周囲に強烈な存在感を知らしめるのだった。 「ええと、アンタの名前を教えてくれないか」  なにか気圧されるような気分になりつつも、タケルは対話を続けた。 「アッピィナ」 「そ、そうか。良い名前だな」  見た目と語感が合ってねぇよ、と言いかけるのには堪えた。 「父が内気だったから、せめて娘は明るく育って欲しいと思った。だからアッピィナ。陽気で活発なアッピィナ」 「おうよ。親父さんの願いの為にも頑張って……」 「フフッ、嘘。今のは冗談」 「それはどこからの話だ!?」 「逸話が嘘、名前は本当」  そう言うと、アッピィナはくぐもった笑い声を上げた。声質は高い方なのに、まるで地を這うような重厚感を含んでいる。  「分かりにくいボケを」と思う。そして扱いの難しい人物であることを、この瞬間に確信した。  そうなると、住民達との折り合いに不安が生じてくる。今でさえアイーシャにムンムゥという悪夢的相性(バッドチョイス)が存在しているのだ。これ以上エッジの効いた人物を加えたくは無かった。 「うーん。悪いけど、他所を当たってくれねぇかなぁ」 「待って。私じゃないと後悔する。キノコにかけては天下無双」 「本当かよ。それも嘘なんじゃねぇの?」 「そんな事ない、手土産にこれ。今朝この辺りで採った分をあげる」  アッピィナが草編みのバスケットをズイと突き出した。そこには大小様々なキノコが満載されており、口だけの人物で無いことは明らかだった。 「こんだけの量を、朝採りだけで集めたのか?」 「もちろん。乱獲もしてない。だから、この先もずっと採れる」 「エマ。オレには大収穫に見えるんだが、君から見てどうだ?」 「ええ。目を見張るものがあると思います」 「だよなぁ」  異世界人から見ても、その実力は認めざるを得ない程であった。これでは断る理由に困る。しばらく悩み抜き、様々なシミュレートを繰り返した結果、変人枠として受け入れる事を決めた。  そもそも、タケルはコムネだけの食事に飽きていたのだ。キノコがあれば食卓も少しは豊かになり、食の退屈もマシになるだろう。ゆくゆくは塩バターやら混ぜゴハンなんかを愉しんでやろう、などと想いを馳せつつ、バスケットからキノコをひとつつまみ上げた。笠も茎も純白な見た目が食欲をそそったのである。 「まぁ宜しく頼むよ。これからも旨いキノコを集めてくれ」 「それを食べるだなんて、とんでもない」 「えっ?」  警告が耳に届くのが一歩遅かった。既に口の中で咀嚼(そしゃく)してしまい、茎からはドロリとした汁が溢れ出していた。するとその直後に、タケルはかつてない衝撃を受けた。まるで大脳を直接殴られたかのような、絶望的な頭痛に見舞われ、膝を屈して倒れてしまった。 (なんだよ、これ……毒キノコかよ)  口内は燃やされでもしたような熱を帯び、視界は光を失い、エマの悲鳴も酷く遠いものに感じられた。  そして全ての感覚が消え失せると、彼はやってきた。あの輪廻を司る空間に。いつぞやと変わらず光明が差しており、他人事のようなアドバイスも健在である。 ーーキノコ師は食料だけでなく、薬の原料や攻撃アイテムまで生み出せる、優秀な職業だ!存分に活用しよう!  ひとしきり騒がせると、静寂が訪れた。だが、輪廻が始まる気配は無い。 (気まずい。久々だけど、エラく気まずいぞ)  いつぶりかの恣意的な気配に、思わず縮こまる。しばらく待っていると、やはり呆れたような台詞が投げ掛けられた。 ーー戦闘でも無いのに死ぬとか、ほんと勘弁してくれないかな?  苦笑混じりだ。もはや返す言葉も無いが、反射的に「うるせぇよ」とだけ心で叫び、蘇るまで恥を堪え忍んだ。  そしてタケルは戻った。目の前にはキノコを披露しようとするアッピィナの姿が見える。再開地点の絶妙さから、『もう同じ失敗はするなよ』という言外の言葉が聞こえるようだ。 「待って。私じゃないと後悔する。キノコにかけては天下無双」  この言葉には不思議なまでにイラつかせられた。天下無双とやらで一度殺されてしまったからである。明らかに逆恨みなのだが、彼女の面妖さも手伝って、拒絶にも似た感情が沸き立ってしまった。 「悪いけど、別のヤツに頼むよ」 「そう。なら仕方ない」  アッピィナは特に堪えたようでも無く、真っ直ぐと森の方へ歩き、消えた。その小さくなる背中から罪悪感を覚えるが、後悔までは感じなかった。もっと平凡で真面目な人をと思うばかりである。  そうして迎えた昼。タケルはエマと共に石材を収集していたのだが、絹を裂くような悲鳴に肝を冷やされた。急ぎ丘陵から飛び出して村へと戻る。 「どうした、何かあったのか!?」  本拠の側では、震えながら倒れ込むミノリの姿が見えた。エマがその身を抱き起こしてやる。 「落ち着いてください。お怪我はありませんか?」 「あぁ、いや、済まないねぇ。そういうんじゃねぇべよ」 「敵が襲ってきた、ようでもありませんね。何かショックな事でも?」 「病気ににっちまったべぇ。これはマズイべよ」 「病気……ですか?」  ミノリが震える指で畑を差した。タケルたちは訝しい気持ちで目を向けた。するとそこには、未収穫のコムネが実っているのだが、どうにも様子がおかしい。金色にも似た色味は鳴りを潜め、茎の大半が真緑に染まっているのだ。 「もしかして、作物の病でしょうか?」 「んだっぺ。こうなっちまったら、しばらくコムネは食えねぇべよ」 「マジかよ! じゃあもしかして……」 「落ち着くまでは、食事を摂るのは難しいでしょう」 「なんてこった……!」  言葉に誇張など無かった。その日はもちろんの事、翌日も、そのまた翌日も畑は犯されたままであった。蓄えの無い村において、まさに致命打。全員が立ち上がる気力すら失い、呻き声だけがあがる様になる。 「やべぇ。こんな時に襲われでもしたら……」  幸いにも、これまでに敵襲は皆無であった。だが棍棒や牙に取って代わり、飢えが押し寄せている。物言わず忍び寄る殺意に、誰もが身震いを覚えた。  いよいよ切望されるキノコ師だが、あれ以来誰も訪れはしなかった。代役とも言える人材がいつ、誰がやって来るのかを知るものは居ない。なぜあの時手放したのか、と幾度となく後悔した。 (今すぐにでも死んでしまえば、やり直せるんだよな……)  タケルは自責の念もあってか、自死が頭に過るようになる。仲間を無闇に苦しめる事に耐えかね、そっと槍に手を伸ばした。  そこへ、本拠の入り口を訪う影があり、弾かれたように顔を向けた。 「お、お前は……」 「数日ぶり。痩せた?」  現れたのはアッピィナだ。手にしたカゴにはこんもりとキノコが満載されており、矢継ぎ早に食べ進めていた。まるでスナック感覚である。  「何しに来た。嘲笑うためか?」 「そんな事しない」 「じゃあ何の為に……」 「これ食べて。元気だして」  差し出された物は椎茸に酷似したキノコだった。一見無害そうであるが、タケルは思わず手をさ迷わせた。自決用(おすそわけ)かどうかも、素人に判別など出来ようもない。  煮えきらない態度を見るなり、アッピィナは目の前で頬張って見せた。そこでようやくタケルも、食用である事を確信する。 「これは平気なやつ。毎日欠かさず食べてる」 「……すまん。有りがたく貰うぞ」 「よく噛んでね」  毒味役になったつもりで、それを一口で頬張った。少し土臭い。だが、噛み締める程にほのかな甘味が感じられ、風味も優しく鼻をくすぐるようだ。嚥下(えんか)しても体に異常は見られず、それどころか力が湧いてくるようである。 「旨いな、これ」 「そうね」 「今日もたくさん採れたんだな」 「私は有用。理解できた?」 「もちろんだとも。それで、お前さえよけりゃ、その……」 「雇ってもらえるの?」 「お願いできるかな」  言葉の代わりに肯首された。タケルの胸に熱いものが駆け巡る。 「そうだ。今のキノコ、まだ残りはあるか? 皆にも食べさせてあげたい」 「ある。たくさん」 「じゃあ貰ってくぞ!」  タケルはキノコを一掴みすると、真っ先にエマの傍へ寄り添った。彼女はひときわ衰弱が激しく、意識を朦朧とさせている所だった。 「エマ、これを食え。食料だぞ!」  傘を千切って口に入れること数度。それでエマは意識を覚醒させた。効果テキメンである。 「まぁ、なんて美味なのでしょう」 「ハハッ、良かった。元気になってくれて」 「タケル様、ありがとうございます。ウフフ」  「アッハッハ。よせよ礼なんて。他のヤツにも配ってくるよアハハハ!」  タケルが方々を巡る。するとアチコチで快活な笑い声があがり、やがて全員で大合唱となる。アハハウフフと、賑やかな声が止む気配は無い。  そんな最中で、取り残されたように佇むのはアッピィナだ。 「みんな楽しそう。羨ましい」  そうポツリと漏らすと、アッピィナはタケルと同じ物を口にした。しかし体質の兼ね合いか、何本食べたとしても一向に変化は無い。ひとつ、またひとつと胃に収めるものの、仏頂面のままであった。  彼女は陽気な人格になるべく、特殊なキノコを常食している。その名もヨクワラウタケ。微弱の毒素が含まれており、影響については村の様子が全てだ。 「おいお前らブフッ。さっきから笑いすぎだろハハッ!」 「大将こそ! アンタが一番笑ってんぞアッハッハーッ!」 「あの、そろそろ、お腹が痛くなって……ウフフフ」 「ムーッムッムンムゥ!」  誰か止めてくれと、皆が思う。しかし願いに反し、平静を取り戻すのは夕暮れ時を待つ事になる。キノコ侮りがたし。そう学ぶには、十分すぎる体験であった。
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