第7話 村運営しましょ

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第7話 村運営しましょ

 どうにか1日のサイクルを回せるようになったタケルは、いよいよ運営について意識を向けるようになる。 まずは懐事情だ。資材を確認すれば、木材が10に食料が3の備蓄がある。収入の内訳としては、ゴブリン討伐で1体につき木材1、畑からコムネが5となる。また支出はというと、照明のために木材1を、食料として1人あたり食料1を毎日消費する事になる。 「発展させるにしても、色々と考えなきゃな……」  村を生かすも殺すもタケル次第だ。施設や発展を優先すれば暮らしは向上するが、資源の枯渇や食料危機を迎えかねない。逆に資材の蓄積に走れば、戦力やタケルの強化が間に合わず、魔物の大群に押しつぶされる危険性がある。この舵取りは非常に難しく、決断の責任も重い。 「タケル様、本日はどのように過ごされますか?」  エマがコムネを抱えながら問いかけた。朝食である。お互いに一掴み分だけ手に取り、腹ごしらえが為される。 「どのようにって、選択肢なんかあったっけ?」 「ええとですね。昨日もお話はしたのですが、改めてご説明しますね」 「うん。二度手間ですんません」  昨日のタケルは酷い寝不足のため、会話のほとんどを覚えていない。更に言えば、ゲームとしてプレイしていた頃もひたすらスキップモードにしていたので、普段主人公がどのような動きをしていたかを知らないのだ。便利なオート進行も考えものだと言えなくもない。 「タケル様には村人とは違った作業に従事する事ができます。戦闘に備えての修練、食料確保の為に狩猟、資材入手の為の採集です」 「ああ、そうだったそうだった。他にも村人の仕事を手伝うってのもあったな」 「はい。そちらを選ばれましたら、精霊の加護が上乗せされることで、普段よりも良い結果を生むことでしょう」 「うーん。どうすっかなぁ。やりたい事はたくさんあるけど、一度にはこなせないしな」  行動は1日に1つだけがルールだ。気持ちの上では2、3やりたいのだが、魔物を撃退する必要もある。なんだかんだいって、一仕事終えるのがせいぜいといった按配になるのだ。 「よし。採集にしよう。今は石材と鉄が無いから、それらを探したい」 「承知しました。私もお供させていただきますね」  エマの同行に否は無かった。敵襲の事を思えば、自分の側に置いておくのが最善である。それに村に残してしまうと、マイキー辺りが悪さしかねないという懸念もあっま。すなわち、肯定する理由しかないのだ。  お互いに朝食を済ませると、残った茎の部分を小屋の端に置いた。篝火を点ける際の火口(ほくち)として利用するためだ。慣れないうちは「乾燥させなきゃ燃えないだろう」と思っていたのだが、実の部分を食べてしまうと途端に枯れてしまうのだ。なんともご都合主義的。しかし、ゴミの生じないエコ設計は悪くないとも思える。 「それでは参りましょう。採石場は村のすぐ傍ですよ」  エマの先導により、初めて村の外へと踏み込んだ。目的地は西側の丘陵地隊だ。斜面の所々から岩肌が顔を覗かせており、それを削る事で資材を入手するのだ。 「ええと。具体的にはどうしたら良いんだ?」 「道具はありませんので、付近に落ちている石や岩で対処するしかありません」  シレッと難題を押し付けるものだ。発想が中世ではなく旧石器時代のそれである。この辺りの道具についても、後々村の発展とともに改善されていくのだが、初期のうちはとにかく不都合との戦いになる。エマに悪意があるわけでは無いのだ。  その点についてはタケルも承知しており、まぁ美人に無茶ぶりされるのも悪くないなと思いつつ、手頃な石を掴むのである。 「よっしゃ、やったるぞーい!」 「頑張ってください、タケル様!」  景気の良い掛け声とともに着手する。しかし、待っていたのは想定外なまでの重労働だった。  岩盤は石を打ち付けるたびに乾いた音を響かせ、徐々に亀裂が入るのだが、それだけでも相当な労力を必要とした。1度や2度叩くだけでは済まない。10や20打って、ようやく兆しらしきものが見れるのだ。しかも手元の石が頻繁に砕けてしまうので、逐一探し回らなくてはならない。効率だけを考えれば最悪だと言って良いだろう。 「タケル様。そろそろ十分かと思われます。代わっていただけますか?」  岩盤に幾筋もの亀裂を入れた頃、エマが背中越しに交代を告げた。手には例の指揮棒(タクト)が握られており、ようやく彼女の出番となったのである。タケルは両手の気怠さを解しながら入れ替わる事にした。  タクトが岩盤の上で踊る。すると一抱えはありそうな岩石が光の粒子に変貌し、それは村の方角へと飛び立っていった。やがて資材置き場に石材が積まれる事だろう。眼前にはドジョウの口にも似た穴だけが残された。 「はぁ、疲れたな。今のでどれくらいだ?」 「お疲れ様です。先程の分で石材1に相当します」 「マジで!? あれだけ頑張ったのに?」 「お気を悪くしてしまい申し訳ありません。ですが、事実です」  エマを責めたところで物は増えないし、タケルも八つ当たりするつもりは無い。ただ、期待の半分にも満たない成果に驚かされただけだ。  想像以上に非効率だ。太陽はすでに南中に差し掛かっており、つまりは活動時間の半分を費やした事になる。そうまでして得たのが資材1だけ。これを多いと見るかは人に依るだろうが、彼は不満に感じていた。 「つってもな、他にやりようは無いし。重労働でも我慢すっかねぇ」  ため息と共に新たな石を漁る。しかし、その手をエマが止めた。 「タケル様、敵襲です。村が今にも襲われようとしています!」  その声で顔を上げると、確かに巨体が本拠へと迫ろうとしているのが見えた。あれはオーガ、しかも2体。村に残した人員では太刀打ち出来ないであろう。 「エマ、村に戻るぞ!」 「承知しました!」  エマが不在の村において魔物が狙うのは、本拠の破壊である。それによって村人の戦意を削ぎ、更には各拠点までをも破壊する。そうなればタケルは弱体化し、魔物側が俄然有利になるという寸法だ。何もエマさえ守り抜けば良いとは限らないのだ。  息を切らしながら村外れまで帰還した。敵は東側から押し寄せてくる。そのまま本拠を脅かすのも時間の問題……と思われたのだが、待機組が意外な活躍を見せた。 「すげぇ、オーガを食い止めてるぞ……」  予想以上のパフォーマンスをみせたのがミノリだ。腰の曲がった姿勢は、オーガからすれば地を這う獣と変わらない。そんな低い体勢で素早く動き回るのだから、巨体が繰り出す攻撃も当たる気配がなく、虚しく地面を抉(えぐ)るばかりだ。  また、マイキーの手腕も見るべきものがある。彼は風を読み、貯め込んだ藁に火を点ける事で膨大な黒煙を生じさせ、それでオーガの視界を奪うことに成功したのだ。藁の量に見合わぬ煙だが、それこそ彼の持つ能力のお陰なのである。 「みんな、待たせたな!」  タケルが舞い戻ると、2人とも歓喜の声をあげた。 「領主様。あとは任せたっぺよ」 「頼むぜ大将。アンタが頼りなんだ!」 「おうよ。精霊師の力をたんと見せてやんよ!」  そう言うなり、タケルは両足を大きく開き、握りこぶしを中天へ向けて突き上げた。そしてあらん限りの声でこう叫ぶ。 「世界を統べる精霊たちよ、我が呼び声に応じ、力を授けたまえ!」  呼びかける声が戦場の端々にまで響き渡った。警戒したオーガが動きを止め、ミノリも素早い身のこなしで撤退する。  にわかに訪れる静寂。周囲も固唾を飲んで見守るなか、静けさは冷えにも似た様相を呈した。大音声で叫んだ割に、何も起きなかったのだから。当人はもとより、その付近にも、何ひとつとして変化が見られない。 「あの、タケル様。精霊師様というのは、心を感応する事で奇跡を発動させるものですが……」  「マジかよ! そういうのは早く言ってくれよ!」  ただの赤っ恥である。そうして無用な失態を積み上げた傍で、オーガが侵攻を再開させた。マイキーは慌てて手元の藁を燃やし、どうにかそれを押しとどめた。 「おいおい、遊んでる場合かよ! こちとら真剣なんだぞ!」 「うっせぇ! ちょっと失敗したくらいでギャアギャア言うな!」  改めてタケルは精神を統一し、感応とやらを試みた。火の精霊の持つという火の心を、自分なりに探りだしたのである。前回のオーガ戦、そしてエマとの夜。滑らかな腰回り。おっとこれは脇道だ。ともかく、オーガ戦と昨晩の感応を手繰りながら、トリガーを探し続けた。 (火の心とは、激情だ!)  そう結論づけたタケルは、胸の中を熱く熱く滾(たぎ)らせた。炎は人類に多大な恩恵をもたらした英知の光。それと同時に、ひとたび牙を剥いたなら、数多のものを灰へと還してしまう畏れるべきもの。人が抱く激情の強さ、扱いにくさとシンクロするようではないか。少なくともタケルはそう感じられた。 「ああ、タケル様の御身体が……」  エマが感嘆の声を漏らした。タケルの全身は陽炎に包まれ、時おり橙の煌めきが走る。その火勢は前回の戦に比べ、色濃くなっていた。 「よっし。これで大丈夫だ! 後は任せろ!」  猛然と突き進むタケルを止められる者は居なかった。オーガの攻撃など掠りもせず、容易に懐へと潜り込んだ。そして鳩尾(みぞおち)に拳が叩き込まれると、その一撃だけで巨体が沈み、煙へと姿が変わる。  残された1体が半狂乱になって棍棒を振り回すが、タケルにとって団扇(うちわ)のようでしかない。下段蹴りで脛を折られたオーガが膝を着くと、こめかみに回し蹴りを喰らい、その身を消し去られてしまった。戦闘終了である。 「よっし、オレたちの勝ちだ!」 「すげぇぜ大将! まさか1人でオーガ2体もブッ倒しちまうだなんて!」   歓声に村が沸いた。賞賛の嵐に気を良くするタケルだが、1つ気になる事があった。 「エマ。オーガ2体で何の資材が得られるんだっけ?」 「石材ですね。質量も2となります」 「マジか、この一瞬で……」  採集の倍にも及ぶ成果が、この戦闘で得られた事になる。そう考えると午前中の仕事がバカバカしく思えなくもない。 「ちなみにさ、鉄を採集しようとしたら、どうなんの?」 「洞穴から鉄鉱脈を探り当て、掘る事になります。道具は先ほど同様に石で」 「ええ? 絶対無理だろ、それ」 「岩盤の5倍ほどの時間をかければ、鉄資源1が手に入る見込みです。3日ほど従事したなら資材が……」 「うん。もういいや」  現状では採集は割に合わない。少なくとも、今のうちは敵から奪う方が効率的だ。それが分かっただけでも収穫があったと言える。と言うか、そう思わなければ無力感に苛まれてしまいそうで、半ば強引に納得するのだった。 
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