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それから数日後。
真夜中、俺は大きな物音に目を覚ました。ケイが帰ってきたんだろうか。それとも、強盗か。俺はそっとベッドから出て、物音に注意深く耳を澄ませながら寝室を出た。
明かりをつける。人の気配はない。物音もしない。気のせいだったのか。そう思って寝室に戻りかけた時。
「ユウキ……。ユウキ、ユウキ……。痛てえよう……」
ずくっ、と心臓がうずいた。弱々しいうめきは確かにケイの声だ。俺は玄関に走った。
「ユウキ、俺……撃たれちゃった」
明かりの下でケイを見て、俺は絶句した。玄関先にぐったり倒れているケイの、蒼白な顔が血にまみれている。
痛みに顔をゆがめて笑い、俺に伸ばそうとする手も真っ赤に染まっていた。
「痛てえよ……めちゃくちゃ、なんだもん……あいつらっ……」
「しっかりしろ、今救急車呼んでやるからな!」
俺は短い廊下を走って、テーブルに置いてあった携帯電話に飛びつき、救急車を呼んだ。
すぐにまた玄関に戻り、呆然とその場に立ち尽くす。
ケイは身を起こし、ドアにもたれてうめいていた。それまでケイが倒れていた場所には、ワインかと思うような濃い赤が広がっている。
死んでしまう。死んでしまう……。
「……なんだよ、その顔……」
ちらりと俺を見て、ケイは唇だけでかすかに笑った。
呆然としたままそばにしゃがみこんで、そっとケイの肩に触れる。その途端、閉じられていたケイの瞳から涙があふれた。
「大丈夫か、痛むのか?」
「……うれしいんだ。これで、終われる……。でも……、お前とも、これで……終わり、なんて……。やだ……やだよ……」
あふれる涙が、頬についた血を洗い流していく。小柄なケイの身体が、小刻みに震えだした。
どういうことだ? 終われる? でも俺ともこれで終わり……?
「パジャマ……汚しても、いいか……?」
ようやく聞こえるほど、かすかな声。
返事ができずにいると、ケイは俺の胸に倒れこんできた。反射的に抱きとめる。弱々しく、ケイが俺の背に腕を回す。パジャマが、べっとりと濡れていく。救急車のサイレンの音が、次第に近づいてくる。
「……ユウキ、ユウキ……。わすれない……、たのし、かった……」
ケイはうっとりとつぶやき、気を失った。真っ青な顔に、幸せそうな優しい笑み。
けたたましいサイレンの音が、すぐ近くで止まった。
ケイはあちこち撃たれて出血がひどかったが、幸い命に別状はなかった。でもどうしても銃の傷は熱が出るらしく、三、四日は高熱にうなされた。
俺は毎日ケイの病室へ通った。そばについていると、ケイは時々目を覚まして俺にうつろな目を向ける。しばらく無言で俺を見て、かすかに微笑む。
それが何度も繰り返された。俺は今にもケイを問いただしたいのをこらえ、眠るケイを見つめ続けた。不安だった。
撃たれた夜、ケイの言葉は、ふたりの毎日を勝手に終わらせていた。ケイの微笑みが俺をもう思い出にしてしまっているような気がして、どうしてあんなことを言ったのか分からなくて、俺は迷子のような心細さと切実さでケイの寝顔を見つめた。
でも熱が下がると、ケイは出血のせいで弱ってはいたけど、いつも通りだった。そんなことは言ってない、ときっぱり答えそうで、俺はほっとした。俺達はうまくいってる。別れなきゃならない理由なんて、どこにもない。
ある夜見舞いに行くと、ケイは大部屋から個室に移っていた。やっぱり個室は最高だと、まだ青白い顔で無邪気にはしゃぐ。
俺に愛しさを感じさせるいつもの笑顔。なのに、あの夜のケイの言葉と白く透き通る肌のせいで、怖くて手を伸ばせない。
「またわがまま言ったのか? なんでそんなに個室に移りたかったんだよ?」
「部屋は空いてたんだし、金はあるんだからいいだろ。それよりさ、ここ来いよ」
ベッドに横になったまま、ケイはうれしそうな笑顔で自分の身体の脇の空白をぽんぽんとたたく。
「まさか、寝ろって? お前、なに考えてんの?」
不安と恐怖の波が来る。それを押し隠し、俺は肩をすくめてみせた。
「お前はさみしくなかったのか? 俺はさみしかったぞ。個室なら、看護師さんさえ来なけりゃ好きにできるだろ」
あまりにもさらりと言うもんだから、笑うしかない。
「まったく、まいったよお前には」
ケイの手が、俺の手を握る。俺は苦笑混じりのキスを、ケイの乾いた唇に落とした。
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