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ケイが回復してくると、警察が事情聴取にやってきた。ケイは警察に、あるバーで友達と飲んでいて、店を出てその友達と別れた直後、強盗に襲われたのだと証言した。
同じ夜に殺人未遂事件があり、現場が近かったこともあって、警察はしつこくケイに根掘り葉掘り質問した。殺人未遂の犯人も撃たれているのが間違いないとかで、疑ったんだろう。だがやがて、裏が取れたとかで刑事は来なくなった。
ケイは順調に回復していた。病院の飯はまずいと文句たらたら、どこのパンが食べたいとか、あそこのケーキを買ってきてくれと、食欲も出てきてあれこれ注文を出す毎日。
これならもう心配はいらない。俺はケイをなだめ、部下にケイの面倒を見るように頼んで、ずっと延期していた海外での買いつけに出かけた。
ところが出張中、滞在していたホテルにすぐ帰るようにと連絡が入った。ケイが病院から姿を消したという。
帰ると警察が待ち構えていて、部下はひたすらおろおろしていた。警察は誘拐とも失踪ともつかない、と言い、事情聴取が繰り返される。
いったいケイはどこに行ってしまったのか。これが終われるということなら、ケイはもう帰ってこないのか。俺は打ちのめされて日々を過ごした。
警察は俺がケイと一緒に住んでいながら、ろくに素性を知らなかったことを、妙に追及してきた。そんなのはただの情報で、知らなくたってたいした問題じゃない。言いたがらなかったから聞かなかっただけだ。俺の答えには、警察を満足させるようなものはないはずだった。
ケイが姿を消して一ヶ月ぐらいたった真夜中、スマホの着信音に、俺は飛び起きた。
この一ヶ月、電話のたびにケイかも知れないと思い、夜もマナーモードにせず枕元にスマホを置いて寝る、それが習慣になってしまっていた。
画面には、「公衆電話」と表示されている。たぶん、ケイだ。
「……もしもし?」
あわてて電話に出た俺の声は、ランニングでもした後のように変に弾んだ。
電話の相手は沈黙している。ただ、どこかにぎやかな場所からかけているのだけが分かった。
「もしもし、どちらさまでしょうか?」
ケイだ。ケイに違いない。俺は確信した。
「ケイなんだろ?」
スマホを握る手が汗ばむ。聞こえてくる雑音に耳を澄ましても、自分の鼓動が邪魔してよく聞こえない。
「ユウキ、ごめんな」
聞きなれた声が、電話の向こうでようやく言った。声が遠い。
「ケイ、お前今どこにいるんだ?」
ケイはまたしばらく黙り、切られたくなくていろいろ話しかける俺の言葉には応えずに、
「最近、死の天使はニュースにならないでしょ?」
と沈んだ声で言った。
「……え?」
「だって俺が、死の天使だったんだから」
死の天使だって……? なに、言ってんだ? 嘘だろ?
警察の事情聴取のしつこさを、ぼんやりしながら思い出す。でもそれでも、ケイの言葉は夢の中で言われた冗談のようにしか響かない。
「一緒に暮らしてくれて、ありがと。俺、この半年間で一生分の幸せを味わった気がするよ」
そう言うと、電話は切れてしまった。
もう二度と会えない。
どれほど動けずにいたのか、俺がやっと理解できたのはそれだけだった。
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