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最高のしあわせ
時々、社長はふいに箸を止めて、優しく目を細めて俺を見る。そのたびに俺は、もう腹いっぱいなんですかあ、とか、どんどん食べて下さいよう、とか言う。
少しの照れと限りないしあわせと、ちょっとのさみしさとかなりの期待と、かすかな希望と。
そういうものみんな見透かして、それでも微笑んでる瞳。これが、俺が社長と一緒にいる理由だ。つまり、甘えてるってことだ。
社長は食い物に情熱を傾けない。俺がとっておきの店に連れて行くたび、お前は本当によく知ってるねえ、とあきれたように笑う。
それは肯定の笑いなんだって、俺は知ってる。俺のせいいっぱいの想いを、受け入れてくれてるんだ。
「お、うまいね」
今夜も、そんな笑いの後運ばれてきた前菜を一口食べて、社長は目を細めて俺の食べっぷりを見ている。
「いやあ、そうでしょう、おいしいでしょう。一品一品手を抜いてないのが伝わってきて、いい店なんですよねえ」
うまい、の一言で、俺は上機嫌になってしゃべりまくる。
好きな人と、うまい物を。ただそれだけでいたい。二人でいる時は、単純でいたい。
「ね、大ちゃん。俺今日、いい部屋取っちゃった」
食後にお茶を飲みながら、ひそひそと自慢げに子供みたいに社長が言う。二人きりの時だけの呼び方で。やっと言える、とでもいうふうに。
「えっ……」
絶句。思わず頬が赤らんだのが分かる。恥ずかしい。すげえ恥ずかしい。
「二十五階の部屋だったよ。帰ったらきっと、夜景すごいぞ」
お互いいい年こいてたって、ムードが大事なのは変わらない。俺ら、会社でも一、二を争うロマンチストなおっさんだと思うし。今夜はとことん、酔わせてもらおうじゃないですかあ。なんてな。
なにより、社長も俺と出張の日程がかぶるのを楽しみにしてくれてたのがうれしい。
好きな人と、一緒。それが、しあわせ。
ただそれだけでいさせてくれる社長と出会えたのが、最高のしあわせ。
END
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