ラミーとバッカス

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「おお、ウメコでねえか」  二本木小梅はそのだみ声を聞くと肩でため息をつき、もうすぐ使わなくなる赤いランドセルを下駄箱の上に置いた。リビングからはくたくたになったおでん、日本酒、タバコの匂いが渾然一体となって小梅の小さな体を襲ってきた。 「ただいま」 「どうだった、セレクションは」 「落ちたよ」  一週間前、小梅は東北新幹線に乗って上京していた。遊びに行ったわけではない。葛飾にある強豪サッカークラブのジュニアチームの選抜テストを受けに行ったのだ。  夏に受けた一次テストに受かっただけでももうけもの、と思っていた。もし二次も通れば自分はサッカーに選ばれた人間なのだと。  そんな儚い思いも空しく、福島に帰った翌日に不合格通知が送られてきた。 「そんなことは知ってる。学びはあったかって聞いてんだ」  コントに出てくるガリ勉学生のような眼鏡のレンズが湯気で曇るのも気にせずにまくし立てる中年男が鎮座していた。 「そんなもん、ね」  小梅はバッサリ切り捨てた。 「小梅、ススムおじさんに失礼よ」  母がたしなめるのも気にせず続ける。  叔父と母は半分しか血のつながりがない。やもめの祖母が叔父を連れ子にして小梅の祖父と再婚して産まれたのが母だった。叔父と祖父は非常に折り合いが悪く、生前祖父は小梅が叔父と出かけるとあからさまに機嫌が悪くなり、伯父もその祖父が数年前に他界するまではこの家に寄りつきもしなかった。  そもそもこの家も本来であれば長男である叔父が継ぐべきものだが、一人もんに一軒家は贅沢だととっとと分譲マンションを買ってしまった。とにかく変わり者である。 「せいせいした。これでキッパリ、サッカーさやめられる」
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