ラミーとバッカス

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 反抗期、である。  人が右と言えば左、白と言えば黒。そういう難しい、でも誰にでも訪れる嵐のまっただ中に小梅はいた。  葛飾クラブの女子ユースチーム、プリンセーザを受験したいと言い出したのもその一つだった。東北の片田舎でダラダラとボールを蹴ることがひどく平凡に思えて仕方なく、女子サッカーの梁山泊とでも言うべき天才集団で自分を試してみたいと無謀な挑戦を試みた結果は無残なもの。少なくとも小梅にとっては。  ドリブル、パス、タックル。何一つ通用しなかった。唯一ひけを取らなかったのは小名浜の海岸をひたすらに走りこんで培ったスタミナだったが、それは努力しさえすれば誰にでも入手できるギフトでしかなかった。 「おらなんて、井の中の蛙だ」 「だども、空の青さを知ると言うでねえか」  思えば小梅のトライに大したポジティブな反応をくれたのはこの叔父、村田晋だけだった。ただ励ますだけでなく、東京までの旅費を負担してくれた。そんな理解者に対してさえ、今の小梅は心を開けないでいた。 「とにかく、もう終わったんだ。おなごがサッカーしてても男にはモテねえもの」 「サッカーやめてもモテるわけでねえ」 「んなこたねえよ」  鼻息荒く二つの箱を叔父に差し出す小梅。  それは鮮やかな赤と緑の箱で、かぐわしいカカオマスの薫りを漂わせていた。 「バレンタインにもらったんだ。二人もだよ。おらにもモテ期が来たんだ」 「・・・ウメコ、これをくれたもんのこと、もちょっと詳しく聞かせてけろ」  それまで姪っ子との他愛ない会話を楽しんでいた叔父の顔から、へらへらとした笑いが消えた。
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