【番外編】雪見と菫と桜と(前編)

1/1
75人が本棚に入れています
本棚に追加
/93ページ

【番外編】雪見と菫と桜と(前編)

 雪見の隣は菫の定位置だった。  白羽家の跡取り娘である雪見はその立場上、警護には万全を期す必要があった。かといって黒服のいかつい男が常に周囲を固めていたら、気兼ねなく外出することだってできやしない。安全を確保しつつも雪見がのびのびと生活できるよう配慮した結果、菫がボディガードをすることになった。  行動こそ過激かつバイオレンスだが、菫は無口なので雪見に危害が及ばない限りは首を突っ込んだりはしない。難しいことを考えるのは苦手で他の継母達に対する対抗意識もない。雪見のためだと言えば真弓だろうが百合だろうがその頼みをあっさり引き受ける。雪見の初恋疑惑が浮上した時でさえ、我関せずを貫いて黙々と雪見の身辺警護をしていた。  そうした程良い距離感と関心のなさが功を奏し、菫はつつがなく雪見のそばで務めを果たしてきたーーと、柚子を筆頭に他の継母達は思い込んでいたのだった。  だから誰も、雪見でさえも、菫のささやかな日課に気づかなかった。  きっかけはいつだったのかはもう思い出せない。なんとなく始めたことだった。  小学校から帰宅した雪見が脱いで揃えたはずの靴が何かの拍子で横に倒れた。急いでいたのか雪見は珍しく気づかないままリビングに行ってしまう。それをたまたま目撃した菫は、黙って靴を拾った。自分は大して気にしていないが、他の継母はこうしたマナーには厳しい。わざわざ指摘することでもないので、なんの気無しに菫は雪見の靴を整えた。  そしてふと、脱ぎ捨てた自分のブーツに目がいった。他の継母達とは違って菫は整理整頓とは無縁の性格だ。物を放りっぱなしにしては椎奈によく怒られている……のだが、今に限ってはついでとばかりに無造作にブーツを掴んで、雪見の靴の隣に並べた。  ただ、それだけのことだった。  花柄の可愛らしい小さな靴と無骨な黒いブーツが並んでいる。珍しくもない、ありふれた光景を、菫はしばらく無言で見つめていた。  それからだった。菫のささやかな日課が始まったのは。  帰宅した雪見の靴の隣に自分の靴を並べる。誰かの靴が置いてあっても退けて自分のをそっと割り込ませる。一体何のためかと問われても答えようもない習慣だった。  ただ、大きさも形状もデザインもまるで違う二足の靴が並んでいるのを見ていると、菫は雪見と親子であると実感できた。そうでなければ性格も境遇も年齢も違う自分達が一緒にいるはずがない。  靴を並べる行為は菫にとって確認行動だった。自分は雪見の継母で、雪見は自分の継子。たとえ他に六人継母がいようが雪見の隣にいるのは自分だと。
/93ページ

最初のコメントを投稿しよう!