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継母は反省しない
枝豆のポタージュスープ。タコのマリネ。焼き野菜のサラダにチキンステーキ。とどめとばかりに食後のデザートはシュークリーム。椎奈の腕によりをかけたフルコースを以ってしてーーも、やはり雪見は誤魔化されてはくれなかった。
リビングで正座した継母三人の前に、雪見は仁王立ちした。
「私、怒っていますからね」
端的な言葉では効果がないと判断したようだ。雪見は腕組みして「大変、怒っています」と言い直した。
「だって、最近あなたの様子がおかしいから」
「まずは私に訊いてください。盗聴器や発信器をつけるよりずっと簡単でしょう。挙句、尾行した先で大暴れ。あやうく出禁になるところだったんですよ」
真弓はあえなく撃沈。恐る恐る椎奈が件の書き損じの手紙を差し出した。見覚えがあるらしく、雪見は顔を真っ赤にした。
「なんで捨てたものを拾うんですかっ⁉︎」
「偶然よ! これは本当に!」椎奈は慌てて弁明した「ゴミをまとめていたら、たまたま」
「明らかに書き損じじゃないですか! そのまま捨ててください!」
雪見は椎奈の手から便箋をひったくった。真弓と椎奈の顔が絶望に染まった。
「ああ、まさか本当に雪見があれを書いたなんて……」
「たしかに書いたのは私ですけど」
雪見はうつむき「……代筆です」と蚊トンボよりも小さな声で呟いた。
「は?」
「だから、クラスメイトに頼まれて代わりに清書したんです。下書きも持ってます」
自室に引っ込んだ雪見はすぐさま戻ってきて、ルーズリーフノートを突きつけた。
「あ、ほんとだ」と柚子。
「汚い字ねえ」と真弓。
「だから雪見に代筆を?」と椎奈。
継母三人が口々にコメントする。
「もしかして、今日一緒に買い物してた子か?」
「吉森さんではありません。別の、クラスメイトです」
雪見は憮然とした顔で「何か他に質問はありますか?」と確認した。継母三人は顔を見合わせた。代表する形で柚子が述べる。
「申し訳ございません。真弓の暴走と椎奈の早とちりでした」
「あんたが発信器と盗聴器仕掛けたんでしょう!」
「お前に言われて仕方なく、な。何度も止めただろ。なのに聞く耳持たないで、結局百合に足元すくわれたんじゃないか」
言ってから柚子は後悔した。一番聞きたくない名前を出してしまった。額に青筋を立てた真弓は、今にも爆発しそうだった。
「やめてください。そういうところですよ。今日だって吉森さんの前で喧嘩して……私から説明しましたけど、ややこしくて大変だったんですから」
雪見は肩を落としてため息をついた。
「今度家に遊びに行きたいって言ってくれたからいいものの、」
「……今度?」
真弓が顔を上げた。
「今度、遊びに来るの?」
「真弓さん達の都合もありますから、具体的な日取りは決まっていませんが……近いうちにお母様方を紹介してほしいと」
「紹介? 雪見のお友達に?」
「ええ、そのつもりです、けど……?」
雪見は首をかしげた。真弓が明らかに顔を輝かせていたからだ。彼女だけでなく、椎奈と柚子もまた頰が緩むのをおさえることができなかった。
だって、初めての雪見の友達だ。小学二年生の授業参観で特殊過ぎる生い立ちで周囲を混乱させて以来、雪見が家庭の事情を話すことはほとんどなくなった。仕方のないことだと継母達もあきらめていたし、雪見に負担を強いて申し訳ないとも思っていた。
それが今日、雪見は友人に自分達のことを伏せることなく正直に話したという。その上、今度友人を家に招いて紹介してくれるのだ。これで喜ぶなと言う方が無理だ。
「服買わなきゃ。あと爪の手入れとヘアサロンと……なるべく早めの日にエステ予約するから、呼ぶのはその後にしてね」
「日取りを早く決めましょう。ご馳走を準備するわ。あとケーキも焼くわね」
「その吉森さんは何が好きなんだ。当日までに取り寄せよう。花も手配しないとな」
それぞれ想いを馳せている継母達に、雪見は若干剣呑な眼差しを向けた。
「あの……話はまだ終わってませんけど」
「「「申し訳ございません」」」
はかったかのように異口同音に謝罪して頭を下げた。
「本当に反省しているんですよね」
「「「反省しております」」」
これまた三人の声がハモる。怪しいことこの上ない。が、雪見は小さく息を吐いた。
「じゃあ、この話はこれまで。さっき言った通り、吉森さんをお招きしたいのですが、皆さんのご都合はいかがでしょうか?」
殊勝な態度を一変、継母達は一斉にスケジュール帳を取り出した。
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