雪見と継母

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 幼い雪見の後見人となった白羽家は、いわゆる成り上がりだった。  下町の小さな工場を振り出しに、独自の技術を電子機器の分野に応用し、世界に通用する企業にまで発展した。スマートフォンなどの小型ハイテク機器は、シラハの技術力があってこそとも言われている。  今では電子機器の分野にとどまらず、膨大な特許を抱えて多様な製品を開発し、地球規模で商売しているグローバル企業ーーになったとかなんとか。  そんなシラハグループの本家、白羽家はややこしくて面倒極まりない家庭事情を抱えていた。  かいつまんで説明すると白羽家の当主、白羽成政には妻の他に七人の愛人がいた。それぞれの馴れ初めはページ数の都合で割愛するが、当人曰くどの女性も「運命的な出会いを果たし、真実の愛によって結ばれた」らしい。  そう何度も『運命的な出会い』があるのかどうかという問題はさておき、フィリピンならば姦通罪で禁錮六年は言い渡されそうな重度の不倫だ。しかしここは日本だった。おまけに成政は国内有数の企業だったシラハを、世界有数のシラハグループにまで躍進させた、いわば立志伝中の人だ。女性問題で失脚されてはシラハグループ全体に影響が及ぶ。かといって愛人をそのままにはしておけない。一番の問題は成政にいまだ子がいないこと。正直に言えば、白羽家としては子を生んでくれる女性は欲しい。しかし八人もいらない。多過ぎると後継者を選ぶ際に余計な火種を生んでしまうおそれがある。  セオリー通り白羽家内で後継者を巡って骨肉の争いに発展するかと思いきや、意外な形で騒動に終止符が打たれた。  七番目の愛人、紅葉が密かに女の子を生んでいたことが発覚したのだ。紅葉が亡くなって子どもは親戚に引き取られていたが、成政は喜んで我が子と認知し、自分の後継者と定めた。かくしてお家騒動はひとまず終息を迎えたのだったーー成政の奥様方を除いて。  成政の子と認知されている雪見は現在、白羽家でたった一人の跡取りだ。父親は成政、実母の紅葉は亡くなっている。ぽっかり空いた雪見の母の座ーー後継者の母というポジションを見逃すほど間抜けな奥方は一人もいなかった。  それまでは成政の寵愛を巡って大奥ばりの女の戦いを繰り広げていた正妻と愛人達。これを仮に第一次白羽家内戦とするならば、成政の唯一の嫡子である伊藤雪見を巡って今度は第二次白羽家内戦が勃発したのだ。  伊藤雪見と養子縁組して母になるべく、七人の奥様方は各人の強みを活かした素敵な母親アピールに余念がない。もともと、面喰いな成政が妻もしくは愛人にと選んだ女性達だ。顔の造形は言うまでもない。各々女性としても一個人としても魅力に溢れているーーのだが。  いかんせん、愛人をやっているだけあって自重や限度というものを知らない方々ばかりだった。そして争いごとを避けるという発想がない。愛は奪うものを地でいく。  雪見の授業参観に他の奥様が参加できないようお互いに妨害工作するのは序ノ口。保護者会の出席を巡っては、奥様同士の殴り合いの喧嘩に発展した。運動会の親子二人三脚は奥様方で足を結ぶハチマキを奪いあっている間に、競技の時間が終わった。  雛祭りには雛人形十五人揃いの七段飾りを七式用意され、雪見の寝る場所がなくなった。母の日に雪見が継母全員にカーネーションを贈ったら、花の大きさと色の濃さで張り合って口論になった。  万事がこの調子だった。そして争いの被害を受けるのはいつも雪見だった。  おとぎ話ならいつの日か白馬に乗った王子様が現れて解決してくれるのだが、これは現代日本で、雪見は白雪姫でもなんでもない、ただの平凡を絵に描いたような女の子だった。王子様一人が現れたぐらいであの継母達が大人しくなるとも思えない。  これは、凡庸な雪見と、美人だけど本末転倒な白羽家の奥様方ーー白雪姫には程遠い女子と、ざんねんな継母七人の話である。
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