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続 継母のおもてなし
そして迎えた放課後、雪見は自宅のマンション前で千歳を待った。エントランスのオートロックは指紋認証で解除されるようになっている。登録されている雪見と一緒に入った方が手間が省けると判断してのことだった。
千歳には数分前に約束の場所に待機しているとメッセージを送っておいた。返事はないが既読はついているので、読んではいるのだろう。
果たして約束していた時間通りに千歳は現れた。制服姿で険しい顔をしている。ともすれば不機嫌に見えるが彼の場合は目つきが鋭いのでこれが平常なのだと雪見は知っていた。背中からヴァイオリンケースが顔を覗かせている。
「おい」
千歳はエントランスに入るなり、自身の後方を顎で示した。
「これ、どーにかなんねェの?」
雪見は千歳の背中を覗き込んで、目を見張った。今日はいやに大人しいと思っていたらこんなところで。
千歳より頭ひとつ分低いため見えなかったが、彼の背後にはもう一人いた。全く周囲に溶け込めていない迷彩服をまとった菫だ。大真面目な顔で千歳の背中にエアガンを突きつけている
「無駄口ヲ叩クナ」
と千歳に命じておきながら自分は「オカエリ。学校ハ楽シカッタカ?」と雪見に世間話を振った。
「はい。今日は家庭科の調理実習でマフィンを作りました」
「ソレハ良カッタ」
「俺は全然良くねェよ」
「今度家でも作りますね」
「食ウ!」
背中で繰り広げるささやかな親子の会話。千歳は額に青筋を浮かべた。
「話聞け」
「もちろん秋本さんの分も作りますから、ご心配なさらずに」
「感謝シロ」
「いらねーよ!」
千歳が怒鳴った。よほど甘いものが嫌いなようだ。雪見と菫は顔を見合わせた。
「おせんべいの方がお好きですか?」
「草デモ食ッテロ」
「菫さん、秋本さんに失礼です」
雪見がたしなめるが聞く耳持たず。菫はそっぽを向いた。子どものような態度だ。どちらが母なのかわかったものではない。
「……やっぱ帰る」
「え、そんな!」
踵を返した千歳はつい今しがた通った自動ドアの前に立ちーー固まった。待てど暮らせどドアが開く気配はない。それどころかしっかりとロックが掛かっていて、いくら力を込めてもドアは全く動かない。
「おい、どーいうことだコレ」
『こういうことよ』
応対用のインターフォンから返答。真弓の声だ。
『まさかいきなり挨拶に乗り込んでくるとは……大した度胸だわ。でもここからタダで帰れるなんて夢にも思わないことね』
「アホか、普通は思うわ!」
マイクに向かって吼える千歳。雪見は首をかしげた。
「おかしいですね。今日は、真弓さんはお仕事があるはずでは」
「その前に突っ込むトコが山ほどあるだろーが! なんで管理人でもねェのにマンションのオートロック操作が出来んだよ」
マンションのオーナーだからだ。先日有紗が遊びに来た際にそうなった。
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