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帰省のお土産が食べきれないほどの食材や高級菓子なのは予想の範疇。三日ぶりの継母達との夕食。話題がもっぱら成政の様子なのもいつも通りだ。
「それでね、成政様が私が作った肉じゃがが一番美味しいって」
「煮物で優越感に浸られてもねえ」
「うるさい。煮物もできないくせに」
真弓に水を差された椎奈が噛みつくのもお決まりのパターン。雪見はひたすら聞き手に徹していた。ミートローフはたしかに美味しかった。
「なんかいいことでもあったの?」
脈略もなく訊ねられ、雪見はサラダのプチトマトを落としそうになった。桜は苦笑した。
「ごめんなさい。いつもより、その……楽しそうだから」
「絵が完成しそうなの?」
「いえ、ただ」
言葉を濁して、雪見は不意に千歳が言っていたことを思い出した。お土産とブッキングしたことを言えば真弓達が嫌な思いをするだろうから、伏せておくつもりだった。でも、自分にだってこの三日間それなりに楽しかったことを自慢する権利はあるはずだ。
「今朝、ハンバーグを作りまして。思いの外美味しかったのです」
「ハンバーグ?」
柚子は手元のミートローフに視線を落とした。
「うわ、ごめん。重なったな」
「そんなことはどうでもいいわ。雪見のハンバーグよ、ハンバーグ!」
「ドコニアル」
台所に突撃した菫の背中に「もう食べちゃいましたよ」と雪見は声を掛けた。途端、継母達から悲鳴のような不満の声があがる。
「一人で全部食べちゃったの?」
「秋本さんに差し上げました」
食卓についている継母達が一様にこの世の終わりのような表情を浮かべた。
「なんて、こと……っ」
「まさか私達がいないのをいいことに、男を連れ込んでふしだらな」
「連れ込んでいませんし、秋本さんと私はそんな関係ではありません!」
「でも雪見のハンバーグをあの青二才が独占したという事実に変わりないわ」
真弓は深刻な面持ちで考え込む。憂いを帯びた眼差しは色気があり大変美しいが、いかんせん悩みのタネがハンバーグではしまらなかった。
「いや、あのどう考えても今食べているミートローフの方が美味しいですって」
「雪見のハンバーグ……雪見の手作り…………」
柚子は打ちひしがれて立ち直る気配もない。
桜と椎奈も暗い表情で沈み、菫に至ってはどこから引っ張り出したのか長刀を手にして、そのまま秋本家に討ち入りしかねない様相だ。
仕方なく雪見は「今度、皆さんにも作りますから楽しみにしてくださいね」と言った。途端、継母達の表情が晴れた。基本的に継母は単純なのだ。
「本当カ?」
「嘘は言いません。だから菫さん、長刀をしまってください」
「約束だぞ」
喜ぶ継母達を前に雪見はハンバーグを残さず食べてしまったことをほんの少しだけ後悔した。変な見栄を張らずに取っておけばよかった。
いや、それよりも今はーー食事が終わったら絵の制作を進めよう、と雪見は思った。無性に、絵筆を手に取りたくてたまらなかった。
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