謝罪と御礼のパウンドケーキ

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謝罪と御礼のパウンドケーキ

 制作期間は一ヶ月半。かつてない速さで完成したのは、ひとえに千歳と管弦楽部の皆が協力してくれたからだろう。ほぼ毎日のように描画のために入り浸る雪見を邪険にするわけでもなく、むしろ歓迎してくれた。  継母をはじめたくさんの人の協力で完成した絵は、宣言通りモデルである千歳にだけ見せた。その時の千歳の反応はーー雪見だけの秘密だ。  三日後に、雪見は完成した絵を額装した。表面のほこりをブラシで払い、最終チェック。保護用ワニスを塗って乾くのを待つ。 「絵って、描いて終わりじゃねェんだな」  一連の作業を眺めていた千歳が感心したように呟く。絵が完成したので千歳が立ち合う必要はないのだが、額装を見たことがないからという理由でやってきたのだ。 「油彩絵具が完全に乾くのは五十、百年後とも言われています。そういう意味では現在美術館で飾られている絵画も未完成と言えるかもしれません」 「乾くと色合いとかも変わんの?」 「変わりますよ、少しずつですが」  何年も経ってから見比べてようやく気づく程度の差だが、その変化もまた絵画の魅力の一つだ。  作品票を記入して裏側に貼り付ける。額にはめて裏側をしっかり固定すれば額装完了。あとは箱に入れて学校に持って行けばいい。 「明日、管弦楽部にまたお邪魔させていただきますね。皆様に絵が完成したこととお礼を申し上げたいので」 「そこまでする必要はねェと思うけど……まあ好きにすれば?」  千歳は鼻を鳴らした。 「ンなことより、今日はなんか作ってんの? すっげえ小麦粉の匂いがすんだけど」 「ささやかながらお礼をと思いまして。あと千歳さんへの謝罪も兼ねております」 「ハア?」  首を傾げる千歳に、雪見はにっこり微笑んでみせた。
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