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切り分けられたパウンドケーキを一つずつ、透明のビニール袋に入れて封をする。お菓子専用の個包装袋なので素人の真弓でも難なくこなせた。
「なんで私がこんなことを」
マスク越しでぼやく声がくぐもる。自慢の黒髪はまとめて白い帽子に押し込み、白い割烹着を着ている姿は完全に食堂のおばさんだった。
「何でもするって言ったんでしょ。拉致拘束監禁がこの程度で済んだことを感謝なさい」
椎奈がすげなく言う。つい先ほどまで雪見と一緒にパウンドケーキを焼いていた彼女は、割烹着を脱いで普段着だ。リビングで紅茶を飲みつつ、真弓達の作業を監視している。
「一体何個詰めればいいのよ」
「予備も含めて八十個。管弦楽部全員にあげるんですって」
「律儀ねえ。適当な洋菓子店で買えばいいものを」
「八十個は高校生のお小遣いじゃ無理だと思いますよ」
向かいでせっせとパウンドケーキを詰めつつ桜がぼやく。彼女もまた真弓と同じく割烹着姿だ。
「だいたい、秋本さんを拉致拘束監禁したのは真弓さんと菫さんですよね。どうして私まで……」
「連帯責任」
ラッピングされたパウンドケーキを一つずつ箱詰めしている菫が呟く。
「終ワッタラ、食ッテイイ?」
「一切れだけよ」
「こんなことをしている場合じゃないでしょう!」
真弓は勢いよく立ち上がった。
「なんで絵の製作が終わったのにまた家に来ているの? もう用はないはずよ」
「仲良くなりましたよね。一時はどうなるかと思いましたけど」
「雪見、明ルクナッタ」
「結構口答えもするようになったわ。今まであの子、あまり思ったことを口にしなかったから、嬉しいことだわ」
桜と菫と椎奈が口々に言う。真弓は震え上がった。
「そういえば最近、歌う回数も増えているわ……っ!」
雪見が口ずさむ歌はバロメーターだ。音痴であることを気にして人前では絶対に歌わない雪見が、無意識に歌を口ずさむのはよほど機嫌がいい時か描画に没頭している時だ。
「顕著じゃないですか」
挙句、桜が他人事のように「よくよく考えれば、画家とモデルって定番ですよね」と付け足したものだから、真弓の顔が蒼白になった。
「定番、って……ま、まさか」
「恋愛小説でよくある組み合わせです」
途端、猛然とキッチンから出て行こうとした真弓を、椎奈が押し留めた。
「やめなさい。馬に蹴られるわよ」
「あんたよくそこで平然としているわね。雪見が傷物になったらどうしてくれるのよ!」
母親がいると知っている家で事に及ぼうとする猛者はまずいないと思うが。
「止めたって無駄ですよ」
桜はマスクの中で深いため息をついた。現実しかり、小説しかり、オペラしかり、古今東西のあらゆる恋愛が周囲の反対は無意味だと証明している。
「私達がその最たる例です」
でなければ七人も妻と愛人がいる人の伴侶にはならなかっただろう。
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