容疑者

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容疑者

「犯人の目星はついている!」  柚子は威勢よくドアを開け放った。先ほどまで千歳を犯人扱いしていた人とは思えないくらい自信に満ちた態度だった。 「柚子さん、まずは謝罪を」 「「申し訳ございません」」  菫と並んで千歳に謝罪。雪見も一緒に頭を下げた。 「めんどくせーからもういい。それより犯人はわかったのか?」 「犯人は立川だ」  柚子は断言した。 「顧問なら展示教室の鍵は簡単に入手できるし、誰かに見られても文化祭前の確認だと言えば納得される」  しかし動機がない。創作文芸部の顧問が一生徒の油彩画を台無しにしたところで何の得にもならない。 「自業自得だが、立川は以前雪見に公衆の面前で顔をはたかれたことがある。まったくもって自業自得だが。それを逆恨みして凶行に及んだ可能性は十分に考えられる」  おあいにくだがその可能性は低い。何故ならば立川には椿が必要以上に釘を刺しているからだ。雪見に、ひいては白羽家に歯向かえばどうなるかは身に染みてわかっているだろう。 「そんなこと、」 「ありえない話じゃないかも」  柚子の説を支持したのは、意外にも創作文芸部の部長である彩子だった。 「実は先週、学校帰りに伊藤さんのお母様にお会いしたの。お茶をご馳走になって、そこでーー」 「話の腰を折ってすまないが」柚子が神妙な顔で確認した「どの母親だ」 「え?」 「どんな母親だった?」  まさか七人も母親がいるとは知らない彩子は、戸惑いながらも「ひらひらレースの入った服を着た、なんというか……ザ・お嬢様って感じの方」と証言した。 「百合だな」 「百合」 「おそらく百合さんでしょう」  三人の見解は一致した。 「それで、母はなんと?」 「伊藤さんの絵を盗み出してほしいって」 「は?」千歳は怪訝な表情を浮かべた「なんで母親が娘の絵を盗むんだよ」 「百合の奴……っ!」  柚子は悔しげに歯がみした。 「雪見の絵を独占するつもりだな」 「卑怯者メ」 「それで先輩は……?」 「もちろん断ったよ。文化祭前だし、そんなことできませんって。でも、あきらめてなさそうだったから」  彩子は眉を下げた。 「ごめんね。もっと早く言っておけば良かった」 「いえ、決して先輩のせいでは」  にわかに浮上した容疑者に、雪見は継母二人と顔を見合わせた。もしも百合が立川に命じたとすれば辻褄は合う。白羽家の一員である百合の後ろ盾があるなら多少大胆な手段も取れるだろう。 「百合かあ」柚子は渋い顔をした「厄介な奴が出てきたな」  口にこそ出さなかったが、雪見も同感だった。個性的な継母七人の中でも百合は特に我が道を突き進むタイプだ。まずもって話が通じない。自分の理屈が正しいと信じて疑っていない節がある。「オジョウサマ育ちが抜けていない」とは真弓の談。 「いずれにせよ百合に話を聞く必要がある。他に有力な容疑者もいないことだし」 「有紗」  唐突に菫が呟いた。 「怒りますよ、菫さん」 「いや、雪見には悪いがその可能性も否めない。考えてみれば、雪見の絵が展示教室に飾られたこと知っている人は限られている」  そんな馬鹿な。笑い飛ばそうとして雪見はしかし、真剣な眼差しの柚子を前にして言葉を失った。 「動機がありません」 「雪見」  柚子が諭すように名を呼んだ。 「お前は白羽家の後継者なんだ。好かれる理由も嫌われる理由もそれだけで十分だ」  初めて継母達に紹介することができた友達。自宅に招いた後も変わらず仲良くしてくれている。それだけではない。絵の制作に惜しみなく協力してくれた。千歳の盗み撮りまでやってくれた有紗が。 「ーーだったら、確かめましょう」  倒れそうになる自身を叱咤して、雪見は提案した。
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