発信器も親心

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発信器も親心

 平日の人気のないファミレスとはいえ人前。柚子は欠伸を噛み殺した。  張り込みを終えて帰宅したのが深夜一時。軽くシャワーを浴びて寝ようとしたところを捕まって、仕事をさせられた。深夜労働だ。相手が自分と同じく成政の愛人でなければ相応の報酬を請求するところだ。  柚子は向かいの席で仏頂面をしている真弓を睥睨した。  昼のピークを終えたファミレスは閑散としていた。他のテーブル席では奥様方や学生の仲良しグループが談笑している。のんびりしている雰囲気の店内で、深刻な顔をしている真弓は明らかに浮いていた。人並み外れた美しさが悪目立ちを増長させている。 「お前の気持ちはわからなくもない」  柚子は慎重に、これ以上真弓を刺激しないように言葉を選んだ。 「義理とはいえ可愛い娘だ。小学校低学年の時からだから……十年くらいか? 長く成長を見守ってきた親として、心配するのは当然だと思う」  かく言う柚子もまた少なからず衝撃は受けたし、動揺もしている。大人しくて、どちらかといえば引っ込みがちなあの子が、まさか。一緒に暮らしている真弓なら衝撃も大きいだろう。 「だがこれは人として間違ってる」  柚子は拳を振るって力説した。 「本当に娘を愛しているのなら、時には黙って見守ることも必要なんじゃないか。なんでもかんでも娘の行動を把握したがるのは愛じゃない。ただの支配だ。お前も母親なら、ここは雪見を信頼して、どうしても気になるのなら本人とちゃんと腹を割って話し合うべきだ」  柚子の誠意溢れる説得の末ーー真弓は右手を差し出してきた。 「雪見は今どこ」 「話聞いてたか?」 「どこの馬の骨と一緒にいるの」 「さすがにこれはやり過ぎ、」 「何をしているの」 「いや、だから」 「どんな話をしているの」 「あの……落ちつ」  押し寄せる重圧に言葉が途切れる。恐る恐る顔を上げれば、般若のごとき形相で真弓が凄んでいた。 「出しなさい」 「……ハイ」  柚子は説得を諦めた。無条件降伏の証としてスマホとイヤホン付き受信機を差し出した。 「どこに仕込んだの」 「生徒手帳に発信器。校章に盗聴器を」  高性能故に一日でバッテリーが切れる。一晩で、しかも部屋などではなく移動する高校生に仕掛けるとなれば、それが限界だった。 「動いていないようだけど?」  スマホに表示されている地図を見て、真弓は眉を上げた。学校の敷地内で赤い点は静止している。 「そりゃあ授業中だったら動かないだろうさ」 「ここは教室じゃないくて裏庭よ。木曜の五限目は美術の授業だから、写生でもしているのかしら」 「……なんで学校の間取りと時間割を把握しているんだ?」 「まあ、いいわ。これで放課後の足取りは追えるし」  まったくよくない。年頃の娘の恋愛に首を突っ込みたいがために、呼吸をするかのごとくナチュラルにストーカー紛いな行為をする継母がここにいる。由々しき事態だった。 「とりあえずは雪見が動くのを待ちましょう」  おもむろに立ち上がった真弓は、会計を済ませてレストランを出る。慌てて後に続いた柚子は表で待ちかまえていた高級車に目を丸くした。おまけに後部座席のドアを開けたのは、白羽家の本家専属の運転手だった。 「なんでここに」 「奥様が貸してくださったの」  さらりと真弓が告げる。椿が車と運転手を手配させた。それが示す意味を悟って、柚子は卒倒しそうになった。 「まさか……椿様にまで」 「ええ。伝えたわ」  真弓は胸を張って肯定した。 「奥様も捨て置けないとおっしゃっていたわ。今回の件は私に一任すると。事と次第によっては武力行使も辞さないお考えよ」 「なんで⁉︎」 「当たり前でしょう。雪見は白羽家の後継者。私の娘なんだから。それを知っててあの子に手を出そうというのなら、白羽家と私に喧嘩を売っているようなものよ。上等だわ。受けて立ってやろうじゃない」 「待て。そもそも雪見はお前の養子になると決まったわけじゃあ」  と柚子が反論している間に、真弓はさっさと車に乗り込んだ。 「学校近辺で待機しましょう。くれぐれも目立たないように」 「いや黒塗りベンツは無理! 浮くから!」
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