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文化祭
文化祭には参加した。
彩子は体調不良とのことで欠席。部長を欠いた創作文芸部ではあったが、元々ゆるい部活なので特に支障はない。店番で彩子が入るはずのシフトは雪見が引き受けた。有紗や他の部員達からも全員で時間を分けることを勧められたが、雪見は譲らなかった。せめてもの意地だった。
コピーとはいえ、絵を展示することはできた。悪者である彩子をやっつけることができた。それでもどこか精彩を欠いているように見えてしまうのは、きっと自分がワガママになったからだと、雪見は思った。
クラス劇の宣伝を終えて、すぐさま創作文芸部の展示教室へ向かった。劇や喫茶でもない、ただの展示でおまけ程度に部誌を販売しているだけなので基本的には暇な当番だと聞いていた。お金の管理さえしっかりやれば問題ない。
問題は継母だ。午後から大挙してやってくるという。文化祭の邪魔になるようなことは絶対にしないと約束させた上で入場券を渡したので、よもや展示教室で喧嘩騒動にはならないだろうが、不安は残る。お一人様三冊までの購入制限を無視して部誌の買い占めを謀る可能性は否定できなかった。
創作文芸部で店番をしていた有紗に「お疲れ様」と声を掛けて引き継ぎをする。
「雪見の絵さあ、どうも写真だと思われているらしいよ」
壇上の隅の目立たない場所に掲示したこともあって、生徒の作品だとは思われない。写実画を描いたつもりの身としては光栄の極みだ。
他に連絡事項はないか訊ねた雪見に、有紗は「そういえば」と補足した。
「ねえ、なんかやたらと黎陵高校の人がやってきて部誌を買っていくんだけど」
同じ都内の進学高ということもあり、黎陵高校の制服はよく見かける。しかし他校の創作文芸部に足を運ぶ黎陵生はそう多くはいないはずだ。
「イケメンいたよね。背負ってたのヴァイオリンでしょ、あれ」
「ホルン担いでた子もいた」
「あと四人くらいのグループで来たのもあった」
「みんな雪見の絵を見てから部誌持ってくるの」
店番をしていた先輩が口々に言う。
「さっきなんか一人で三冊も買ってった人がいたよ」
「そうそう、すっごい怖そうな男の人」
「名前は? どんな人だった?」
勢い込んで訊ねる雪見に、有紗はたじろいだ。
「台帳には書いてなかったから、名前は……」
言いかけて、ふと有紗は壇上に飾られた絵を指差した。
「あ、でもヴァイオリンケースを背負ってた。なんか雪見の絵の人にそっくりな」
雪見は踵を返して教室を飛び出した。背中に「雪見どうしたの!?」と戸惑う有紗の声が掛かったが、一度駆け出した足は止まらなかった。
人の流れをぬって出口の方へ。見つける自信はあった。忘れようもないあの背中。ヴァイオリンケースという目印もある。
「秋本さん!」
案の定、昇降口でスリッパを返却している千歳を見つけた。早々に帰るつもりらしい。呼び止めた声に振り向いた千歳は、人の邪魔にならないよう、端に移動した。
「来てくださったんですか」
「おめーが見に来いっつったんだろ」
千歳はひらひらと入場券を振った。黎陵高校管弦楽部宛にまとめて渡したものだ。
「でも、部誌まで買ってくださって」
「俺のじゃねーよ。響と綾瀬と牧野の分」
千歳は素っ気なく言い捨てた。雪見は胸が詰まった。副部長の牧野から「部誌入手!」という件名で写メが送られていた。
思えば、いつもそうだった。
初めてモデルをお願いした時も千歳は最後まで話を聴いてくれた。馬鹿馬鹿しいと一蹴せず、真剣に考えてくれた。自宅まで来てくれた。何度も苛立ち、怒鳴りながらも一度も投げ出さなかった。
突き放すような物言いの裏で、千歳が一番絵の制作に協力してくれていた。
(ちゃんと完成させたかった)
台無しになった絵が、今になって惜しくなった。他人からの評価も成績もどうでもよかった。ただ、この青年の中にある強さや優しさを描きたかったーーでも。
いつまでも情熱だけで突き進めるほど、雪見は幼くなかった。
「今日はこの後部活ですか?」
「五時まで練習。その後は特に何もねェけど」
「では、練習後にお時間を少々いただいてもよろしいでしょうか」
千歳は後ろ頭をかいた。
「別にいいけど。俺もおめーに聞きたいことあるし」
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