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千歳が言っていた『後輩一人』が他校の異性だと知ったのは、十蔵が庭で下ごしらえを終えた頃だった。
小屋と呼べるほどの大きさの物置前、水場も近いのでもっぱら十蔵は庭で料理をする。
物置きから取り出したカセットコンロの上に鍋を置いた。モツと一緒にこんにゃくやにんじんを投入。水と味噌をぶち込んで鍋を火にかける。あとは味を見ながらひたすら煮込むだけ。
「来たぞー」
「おー久しぶ……」
孫の声に顔を上げてーー十蔵は固まった。手から滑り落ちたオタマが地面を転がる。
「な、ななななななな」
「ンだよ、その反応は」
千歳が拾い上げたオタマで十蔵を示した。傍らの『後輩』に端的な紹介をする。
「これ、俺の祖父」
「はじめまして。伊藤雪見と申します。秋本さんにはいつもお世話になっております」
折り目正しく一礼。大人しそうな、小柄な体格もあいまって小動物を彷彿とさせる女の子だった。
そう、女の子なのだ。千歳が、オンナノコを連れてきたのだ。
「万里子、今日は槍が降るぞぉ!」
「なんでそういうことになんだよ!」
千歳の怒声を背中に受けつつ十蔵は縁側から家の中、居間に飛び込んだ。台所で片付けをしていた妻の万里子が何事かと顔を出す。
「一体何の騒ぎ? じーちゃんったら……あら」
万里子が目を瞬いた。
「お庭から突然、すみません。私、伊藤雪見ともう、」
「ちー、どうして先に言わないの! お嬢さんを連れてくるなんて聞いてないわよ」
「電話で言っただろ」
千歳はめんどくさそうに反論し「その呼び方やめろ」と付け足した。万里子が咎める眼差しを十蔵に向ける。
「ちーからは『後輩』を一人連れてくるとしか聞いてなかったぞ!」
「嘘じゃねえよ。他校の二つ下。あと『ちー』って呼ぶな」
「やっぱりちーが悪いんじゃない。どうしてあなたはいつも言葉が足りないの」
「そうだぞ。ちーが可愛い女の子を連れてくるなら、こっちにだってそれなりに準備をというものがある」
祖父母に責め立てられた千歳は真っ向から逆ギレした。
「だからァ! ちーって呼ぶなっつってんだろうが!」
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