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【番外編】お赤飯には程遠い(中編)
伊藤雪見。栄光女子学院高等学校の一年生。特技は絵を描くこと。趣味も絵を描くこと。
今回、千歳が連れてきたのも描画が理由だった。庭にある手押しポンプの井戸のスケッチがしたいという。
「実物見たことねーんだってさ」
千歳は縁側でお茶をすすった。
万里子は夕食の買い物に出かけて久しい。モツ煮だけでは足りないと判断したらしく、赤飯を炊くと言って聞かなかった。鯛の刺身も買うつもりのようだ。
周囲が盛り上がっているとも知らない当の雪見は目を輝かせて井戸の前を陣取った。スケッチブックを広げて鉛筆を走らせている。その表情は真剣そのもので、茶化せるような雰囲気ではなかった。
「面白い子だな」
「ただの変人だろ」
辛辣な言葉の割に、千歳の視線は雪見に向けられたままだった。孫が天邪鬼であることを十蔵は理解していた。
「暇なら一局どうだ?」
「ヤダ」
「飛車角落ちにしてやるから」
「インチキする野郎にハンデもらっても意味ねェ」
「失敬な。ズルなんぞしていない」
最近は、と心の中で付け足した。
猜疑心に満ち溢れた眼差しを送ってよこす千歳だったが、やがて観念したようにため息をついた。
「一局だけだかんな」
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