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「そもそも雪見が素直に絵を見せてくれないのがいけないんだ」
「娘に責任転嫁……いい歳して恥ずかしくない?」
「責任転嫁じゃないわ。ただの絵なら母親が見ても問題はないはず。見せたがらないのは、あの子に何かやましいことがあるのよ」
などと言い合っている間に、百合が被せていた布を外した。
「抜け駆けするなんて卑怯よ!」
「あいにくわたくしは忙しいものでして」
雪見の自画像があらわになり、固まる継母六人。誰からともなく感嘆のため息が漏れる。
「……うまいわね」と椎奈。
「また一段と腕を上げたわね、あの子」と真弓。
「ソックリ」と菫。
「さすが雪見……」と桜。
口々に褒める継母達。が、百合が至極当然のように絵を持ち出そうとして和やかな状況が一変した。
「待て待て待て、どこに持っていくつもりだ」
「もちろん、然るべき場所にですわ。額装して展示しなくては」
「どうせあんたの実家でしょう。見え透いたことを」
「返セ」
「きゃあ!」
「菫、力の加減くらいしろ!」
「泥棒ニ、手加減無用」
「この女はともかくなんで私まで泥棒呼ばわりされなくちゃならないのよ!」
「そうですわ。真弓さんと一緒にされては泥棒に失礼です」
「誰が泥棒以下ですってぇえええっ!!」
「とにかく絵を元に戻しなさい!」
喧嘩の中、誰かの腕が机のパレットに当たり、その拍子に絵筆が跳ね飛ぶ。
「あ」
自画像の頬に黄色い絵の具がべったり。
声もなく油彩画を見下ろす継母一同。さらに間の悪いことに、予定よりも早く雪見が千歳を連れて帰宅したものだから誤魔化しようもない。
「ただいま帰りました」
「お邪魔しまー……す……?」
ただならぬ気配に尻すぼみになる千歳の挨拶。継母達の持つ油彩画を目にして、雪見が固まった。
「ち、ちちちち違うんだ!」
「桜の腕が当たったのよ」
「え! いやだって椎奈さんが引っ張るから」
「私のせいにする気!? 元はといえばあんた達が」
責任転嫁に精を出す継母達から雪見は絵を取り返し、無言で項垂れた。
いっそ、声高らかに詰ってくれればまだ良かった。条件反射で互いに責任をなすりつけただろう。しかし雪見は何も言わなかった。どういう経緯かも確認しないし、責めることもしなかった。
バツが悪くなり、継母達は黙りこくった。
どんよりとした重苦しい沈黙の中、雪見の背後から絵を覗き込んだ千歳が深いため息をついた。
床に落ちたパレットに親指を当てる。ちょいちょいと雪見の肩を軽く叩き、顔を上げたところをーー黄色い絵の具がついた指で、雪見の目元から頬にかけてひと撫で。
きょとんとする雪見に「コレで同じだろ」とぶっきらぼうに言い放つ。
手元の絵を見下ろし、雪見は自分の左頬に手を当てた。全く同じ箇所に絵の具をつけた自画像は、満面の笑顔だった。絵を描くことが楽しくて仕方がない自分を、雪見が描いたのだから当然だ。
「そうですね」
雪見は笑った。自画像よりもずっと、楽しそうで可愛らしい笑顔だった。
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