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【番外編】雪見と菫と桜と(中編)
桜は成政の五番目の伴侶だが、歳は一番若かった。
そのため継母同士でいさかいがあると、桜は一歩引かざるを得ない。自分の立ち位置を桜は正確に理解していた。
元々、桜は要領のいい方だ。他の伴侶達は個性的で破天荒な者ばかりだが根は悪くないので、仲良くすることは苦ではなかった。極力揉めないよう、桜は上手く振る舞っていたーーつもりだった。
たった一人、菫を除いては。
桜にとって菫は「よくわからない人」だ。気づいたらいつの間にか成政の伴侶になっていた。以前の経歴は知らない。年齢も、自分より歳上であること以外不明。何を思って成政の伴侶になったのかも全くわからなかった。
学校から帰る雪見を迎えに行くのは桜の役目だ。そして菫は護衛役。桜に向かって今日学校であったことを楽しげに話す雪見の傍らで、菫は終始無言を貫いていた。相槌一つうたないので、護衛に徹しているのだろう。継母というよりは専属のボディガードだ。
そんな護衛兼継母である菫の靴が放置されているのを、桜が見つけたのは偶然だった。
菫はおしゃれや整理整頓には無頓着だ。何しろ自分の部屋を持たず、雪見の部屋のクローゼットに寝泊まりしている。椎奈がいくら言っても「必要ナイ」の一点張り。よれよれの服だって平気で着ている。靴も擦り切れるまで使う。
菫のブーツは隅に他の靴と共に整然と並べられているが、昨日の雨のせいでひどく汚れていた。隣に雪見のピカピカに磨かれたローファーがあるので余計に泥が目立つ。
自分の靴ついでに洗っておこうか。親切心のつもりで桜は菫のブーツを摘んだ。
「返セ」
「あ!」
背後から衝撃。桜は前につんのめった。あやうく玄関のドアに激突するところをなんとか堪える。
「菫さん?」
「触ルナ」
手にしていたブーツが引ったくられる。泥だらけのブーツを菫は置いてあった場所に戻した。
「勝手にすみません。でも汚れているので洗おうかと」
「必要ナイ」
「ちょっと、あんた何してんのよ」
見咎めた真弓が菫に食ってかかる。が、菫はそっぽを向いた。
「あんたがいつも汚れたものを放置しているから、洗ってやってるんじゃない。汚い靴を置かれたら迷惑だわ。洗うか捨てるかしなさいよ」
「関係ナイ」
「あんたねえ、いい加減共同生活というものを」
なおも噛みつこうとする真弓を桜は制した。
「真弓さん、いいですから」
「よくないわよ。あんたが下手に出るから、こいつの奇怪な行動が増えるの」
真弓は腰に手を当てて、菫に向き直った。
「いい? あんたは六番目なんだから。弁えなさい」
菫は弾かれたように顔を上げた。怒りを露わに真弓を睨みつけて叫んだ。
「順番、関係ナイ!」
言葉を叩きつけて菫は踵を返した。脱兎のごとく逃げ出した先は雪見の部屋。盛大な音を立てて扉が閉められる。菫は自分の寝所もとい雪見のクローゼットに籠城した。
「なんなのよ……まったくもう」
額に手を当てる真弓の傍で、桜は首をかしげた。
菫は良くも悪くも無頓着だ。当然靴にもこだわりはない。替えならいくらでも持っている。
ブーツ自体が問題でないとすればーー考えられることはただ一つだった。
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