【番外編】雪見と菫と桜と(後編)

1/2

76人が本棚に入れています
本棚に追加
/93ページ

【番外編】雪見と菫と桜と(後編)

「いつまでそこにいるつもりよ」 「菫さーん」  二人で呼びかけるもクローゼットから応答はない。完全に籠城を決め込んでいる。桜と真弓は顔を見合わせた。  雪見が絵の習い事で外出していたのがせめてもの救いだった。仮にも娘に母親同士の醜い争いは極力見せたくはない。いつも失敗しているが。 「柚子を呼んで強行突破しましょうか」 「そんな……凶悪犯の立て籠もりじゃないんですから」 「犯行動機がわからない分、凶悪犯よりタチが悪いわよ」  真弓はクローゼットに向かって呼びかけた。 「要求を聞こうじゃないの。何が目的よ」 「寄ルナ。散レ」  とりつく島もない。  額に青筋を浮かべた真弓を桜は押し留めた。説得役が怒ってしまってはまとまるものもまとまらない。そして桜は菫の動機も察しがついていた。 「菫さん、先ほどはすみませんでした」  興味がないのだと思っていた。菫の態度はいつだって素っ気ない。義務だから仕方なく雪見の側を離れないのだと。  しかしそれは大きな間違いだった。  雪見が成長するにつれ菫も多少距離を置くようにしていたが、相変わらず雪見の部屋のクローゼットは菫の寝所だし、一番雪見と接する時間は長い。雪見の隣は自分の場所だと菫は思っているのだろう。ただ顔や態度に現れないだけで、菫は真弓に負けず劣らず雪見のことを可愛がっていたのだ。 「でもせっかくのお天気ですし、ブーツは洗いましょうよ」 「必要ナイ」 「ご遠慮なさらずに。雪見の運動靴を洗うついでですから」  扉の向こうの尖った気配がわずかに動揺した。ダメ押しとばかりに桜は付け足した。 「一緒に洗って、並べて干しましょう。きっとすぐ乾きますよ」  これで十分。桜が気づいていることに菫は気づいたはずだ。  あまりにも自然に続いていたので違和感を覚えなかったが、無精な菫が靴だけは毎回丁寧に置いているのはおかしい。  意味があったのだ。他人が見たら奇怪な行動でも、菫にとっては大切な意味が。  クローゼットがゆっくりと開かれた。 「雪見ニ、言ウナ」  銃口を向けて凄まれても、まるで脅威に感じなかった。大の男ですら片手で投げ飛ばす菫は、自分のささやかなルーティンを雪見に知られることを恐れている。ともすれば頬が緩むのを桜は堪えた。 「言いませんけど、雪見はたぶん知ってますよ?」
/93ページ

最初のコメントを投稿しよう!

76人が本棚に入れています
本棚に追加