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【番外編】お腹いっぱいの愛(前編)
ハンバーグ、グラタン、カレー、唐揚げ、オムライス、ラーメン。
並べた献立一覧を前に椎奈は深々とため息を吐いた。その傍らにあるのは山のように積み重ねたレシピ本と栄養の本、果ては食育に関する書籍まで。
「献立に悩むなんて珍しいな」柚子が覗き込む「何かあったのか?」
「あの子、食べないわ」
固有名詞を挙げなくても柚子は理解した。恥も外聞もたいして気に留めないで我が道突き進む成政の愛人が気にかける子どもとくれば、この世でただ一人。
「雪見が?」
三ヶ月前めでたく白羽成政の娘として認められた小学生、伊藤雪見は柚子、椎奈、真弓、桜、菫の五人と共同生活を始めた。それぞれの得意分野で雪見に教育を施し白羽家の立派な後継者にする算段だ。
椎奈は生活全般の面倒を見ることになった。元々家政婦として白羽家に雇われていたので、適材適所だ。小学二年生の雪見は素直で、椎奈が世話を焼くたびに御礼の言葉を口にする。家事をしてもらって当然と言わんばかりの他の愛人共とはえらい違いだ。大変可愛らしい。世話をするのは全く苦ではなかった。
しかし、可愛い成政様の子、雪見にも困った問題が一つだけあった。食べないのだ。全然。
「好き嫌いがあるわけじゃないのよね」
定番のピーマンやニンジンも雪見は食べる。特定の食材を避けているようには見えなかった。ただ、食べる量が少ないのだ。
「小学二年の女の子なら、大人よりは少ないんじゃないか?」
「でもこの家に来たばかりの頃は結構食べてたわ」
呆れたことに、それまで雪見はカップラーメンやレトルトのカレーといったものばかりを食べていたらしい。無論、インスタントが悪いわけではない。しかし同じ屋根の下で暮らす家族は温かい手料理を食べているのに幼い雪見一人だけ即席麺とは、明らかな差別でありネグレクトだ。
椎奈が出した手料理に目を輝かせる雪見は、可愛らしいのと同時に今までの苦労がしのばれた。叔父の家ではろくな扱いを受けなかったのだろう。もう二度と、この子にひもじい思いをさせるものかと椎奈は堅く誓った。
しかし肝心の当人が食べないのではお手上げだ。
「最近急に食べなくなったのよね」
「病気か? 一度検査をしてもらおうか」
「でも食欲不振が精神的なものだったら、大袈裟に騒ぐとかえって悪化するかも。単に私の作る料理が雪見の口に合わないだけかもしれないし」
と言いつつも、椎奈は首をかしげた。やはりおかしい。小学校低学年の一日の平均消費カロリーを考慮しても、雪見の食べる量は圧倒的に少ない。にもかかわらず、雪見は少し身長が低いだけで目に見えて痩せ細っているわけでもない。健康体だ。
「学校の給食が多いのかしら……いや、休日も食べる量は少ないから、それはないわね」
思い当たる節がなければ、本人にそれとなく聞くしかない。椎奈は決意と共に献立ノートを閉じた。
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