【番外編】お腹いっぱいの愛(後編)

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【番外編】お腹いっぱいの愛(後編)

「不当逮捕だわ」と真弓。 「そうですよ。あれくらいで」と桜。 「悪イコト、シテナイ」と菫。 「お黙り!」抗議の声を椎奈は一蹴した「揃いも揃ってなんてことをしてくれたのよ!」 「椎奈、何もそんな怒らなくても……悪気があったわけじゃないんだし」 「やっていいことと悪いことくらいわかるでしょう! 雪見はまだ八歳なのよ。栄養バランスを考えた食事を私が! 一生懸命! 作っているというのに!」  宥めようとした柚子の手を振り払い、椎奈は真弓と桜と菫を指差した。 「母親が子どもにお菓子を与えて間食推奨するなんて、どういう了見よ!?」  つまるところ、雪見の食欲不振の原因は他の継母達にあったのだ。食欲不振というのも適当ではない。雪見は正常だった。ただ、夕食前にお菓子を食べているだけで。 「煎餅アゲタダケ」 「私だってマカロンとか小さいのしかあげてないわよ」 「すみません。まさか真弓さんや菫さんまで雪見にお菓子をあげているとは思わなくて」  まったくもって呆れたことに、この三人はそれぞれこっそり雪見にお菓子を与えては『他の継母には内緒』と口止めをしていたのだ。厚意だとわかっている雪見に断れるはずもない。椎奈が優しく根気よく訊ねてようやく白状したくらいなのだ。  ベソをかきながら「わたしがいけないんです」と継母を庇う雪見の健気さに、椎奈の涙腺は緩んだ。反比例してたぎる怒りは真犯人どもへと向かう。 「あんな小さな子に口止めまでして、恥ずかしいと思わないの!?」 「だって、あんたが厳しいから」 「当たり前でしょう。私だって雪見にシュークリームでもキャラメルプリンでもイチゴショートケーキをホールでも食べさせてあげたいわよ」 「いや、ホールケーキはさすがに無理だろ……」  柚子のツッコミを無視して、椎奈は拳を振り上げ力説した。 「でも、健康によくないから我慢しているの! 雪見が肥満になったり、高血圧になったらあんた達のせいだからね!」 「柚子ダッテ、雪見ニ菓子アゲテタ」 「な、何を言うんだ」 「銀座ノしゅーくりーむ」  菫が名店のレシートを提示。青ざめる柚子に、椎奈は低い声で訊ねた。 「……どういうこと」 「いや、これは、その……」 「これは連帯責任ね。まあ早く気づいたんだからいいじゃない。これからは申告制で雪見にお菓子をあげれば」  まるで反省の色のない真弓の発言。おまけに、なおも雪見にお菓子を与えて間食させるつもりでいるらしい。これだけ、椎奈が怒って訴えているというのに。  椎奈は悟った。相互理解の無意味さを。食育の「し」の字もわらかない馬鹿親には何を説いても無駄なのだ。 「……し、椎奈……どう」  したんだ、と言いかけた柚子は目を剥いた。柚子だけではない。桜も菫もーー真弓ですらも圧倒されたかのように口を噤んだ。  固唾を飲んで見守る中、椎奈は自分の仕事場である台所に入った。目的の物を掴んでリビングに戻る。持ち出した包丁の切先を馬鹿親四人に向けて、笑顔で告げた。 「刺すわよ」
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