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同窓会で再会した初恋の女の子と付き合えるようになった俺は有頂天だった。
何年越しの恋が実っただろう? 我ながら執念深いとは思うが、どうにも忘れられなかった。くそガキだった俺は、恋心を抱いたその子に告白するんじゃなくてちょっかいを出した。周りも俺が好きだからちょっかい出してるなんて思いもしなかっただろうな。
とにかく、何としてでも佐藤 彩葉の記憶に残りたかった。
そんなに好きだった子が成長して、恋人として俺の隣に居てくれる。奇跡に感謝だ。昔の俺のちょっかいも水に流してくれたらしい。
でももうちょっとでいいから、触れ合いたい。そう思うのは俺が欲望まみれの男だからかな。でも男だったら好きな女の子に触れたいと思うのは自然なことだ。
だから、ちょっとぎこちないながらもキスをした時は本当に天にも昇る気持ちだった。抱き締めた彩葉は良い匂いがして、唇は柔らかくてふわふわして。もっともっと、貪り尽くしたい衝動に駆られて。暴走しそうになる欲望を必死に理性で押し止めた。早く、彩葉の全部を俺だけのものにしたい……
焦りは禁物。反応を見る限り、どうやら彩葉は経験はない。俺が初めての男になるわけだ。最高だ。怖がらせちゃいけない。
初キスを交わしたあとは、何度もキスをした。それこそデートのたびに、隙あらば。本音はそれ以上に進みたいけど、彩葉を傷付けるのは本意じゃない。ただでさえ俺は昔ちょっかい出して泣かせてるし。
そんな、ある意味生殺しの幸せな時間を過ごしている中、ちょくちょくすれ違うことが増えた。居る、と言っていた時間に彩葉のアパートの部屋を訪ねても留守。時間を間違えたか? ドアノブを廻してみても鍵が掛かってるし、あんまりガチャガチャしてたら隣の住人に胡散臭そうな目で見られた。スマホに電話してみても出ない。メッセージを送っても既読にならない。何だ?
彩葉、どうかしたのか? 何かあったのか?
「彩葉! どこに居るんだ?」
やっと連絡が取れた時には詰問調になっても仕方がないと思う。
『ごめん、急に休日出勤になっちゃって。今日はちょっと会えない』
「だったらもっと早く電話出てくれよ」
『ごめん、とにかく急だったから』
仕事なら仕方がない。俺だってたまに休日出勤する時もある。会えない淋しさと、すっぽかされたほんの僅かな腹立ちを押し込めて、次は会いたいことを伝えた。
俺と彩葉の気持ちには、温度差がある──……
そう確信してしまったのは、何度かそれを繰り返されたころ。デートの約束をしたはずの日に、彩葉が不在の度に、箍が外れた様に電話とメッセージを大量に送り付ける。自分でもどうしようもない。
彩葉の心は、もしかして俺には向いていないのかもしれない。一度そう思ってしまったら、不安で仕方がなかった。やっと手に入れたのに。やっと恋が叶ったと思ったのに。
焦りは執着になり、俺はいつでも彩葉と連絡が取れないと狼狽えた。何てざまだ。こんなざまじゃいつか彩葉に愛想尽かされてしまう。だけど、会うと彩葉は嬉しそうにしてくれる。俺はもどかしくて嬉しくて、抱き締めてキスしたくて……そしてそれ以上は拒否される。
* * *
その日は彩葉の部屋で夕食を食べる約束をしていた。本当に部屋に居てくれるのか、内心ビクビクしながら待ち合わせの時間に行くと、彩葉は部屋に居た。優しく迎え入れてくれた。良かった。
彩葉の部屋に入ると、良い匂いが漂っている。テーブルを見ると、その元があった。もう用意してくれていたんだな。あれ、でも……ひとり分? どうして?
「彩葉? 一緒に食べるんじゃなかったのか?」
聞きながら振り返ると──彩葉が包丁を構えていた。
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