色川浅葱

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「天麩羅、いただきます。どれからにしようかな」  最初に、マツタケが目に留まった。 「マツタケって秋の王様よね。これからにしよう。サク……熱ッ」  口の中がやけどしそうになるほど熱かった。  必死に空気を入れ替えると、松の香りが鼻を抜けていく。 「ハフ……。オイヒイ……。いい香り。マツタケなんて、何年振りだろう」  食事のことであれこれ考えて迷う時間が勿体なくて、間違いのない同じ味を求めてコンビニの定番弁当で済ませることが最近は多かった。  季節を感じる旬のものをゆっくり吟味する余裕を失っていた。  自分の生活が異常だったのかもしれないと感じるようになってくる。  マツタケを食べ終わると、お酒を飲む。 「クウー。マツタケとみむろ杉がよく合う。さて、次は……。ギンナンにしよう。ギンナンも好き」  黄色い小玉が3個、竹楊枝に刺さっている。  銀座では、晩秋になると街路樹のイチョウから実が落ちて街が臭くなる。  それが不快なのに、食べると美味しい不思議なやつ。 「くさや姫、絹衣を脱がせたら実は絶世の美女だった、って感じかな」  ホクホク食べながら、ギンナンのイメージを頭の中で作ってみる。  それからも気になるメニューを注文した。  ポテトサラダ、だし巻き卵、おぼろ豆腐。  満足いくまで食べて飲んで2時間が経った。 「はあー、お腹いっぱい」  満腹、満足。幸せ。 「ご馳走さまでした。お会計お願いします」 「ありがとうございました」  炎加がわざわざ顔を見せに奥から出てきてくれた。 「また来てください」 「来ます、来ます」  最後まで気分良く過ごせた。
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